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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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職人という生き方-佐江衆一「江戸職人奇譚」

「江戸職人奇譚」

佐江衆一「江戸職人奇譚」
(新潮社)


作者である佐江衆一という作家を知ったのは、
1990年に刊行された「黄落」という介護問題を扱った小説だったと思います。
介護の実態を描く、かなり過酷な内容の小説だったにも関わらず、
不思議に静謐な雰囲気を湛える、良い小説だったと覚えています。
この小説から20年近く経っても、老老介護・認認介護問題など、
介護の問題はますます複雑、深刻になってる気がします。
ま、それはさておき、じつはそれ以来あまり馴染みのない小説家でした。
それが最近は書店に行くと、
佐江衆一のコーナーには現代小説より時代小説のほうが多く並んでます。
いつのまにか時代小説家になってるんですね(笑)
佐江衆一自身は古武道杖術師範、剣道五段の腕前だそうです。
それも45歳から始めたとか。
根性無しの我身では、聞いただけで気が遠くなりそうですが(笑)
ゆえにチャンバラシーンの描写には定評があります。
その佐江衆一の第四回中山義秀文学賞受賞作です。
江戸の職人の意地と技の凄み。
読んでいるだけでもゾクゾクとしたものが伝わってきます。
技や作り上げられたものの描写は精緻で、
なにより多岐に広がるその知識に驚きます。
錠前師、凧師、人形師、大工に化粧師など多彩な職人の奇譚編。
講釈師見てきたようなウソをいい。小説は所詮ウソだとしたら、
この職人奇譚、時代は江戸の世にも関わらず、
ついいましがた見てきたような、まことに見事なウソばかりです(笑)
地味だけど掛値なしの佳品揃い。

「一会の雪」

藤沢近くの辻堂で茶店を営むおすぎは、
人並みに優しい亭主の熊造と、独り立ちした息子や娘もいて、
不満もない毎日だった。
おすぎはもうすぐ四十歳になろうとしていた。
そんなおすぎが、ある日店で具合の悪くなった女、
おきくを助け、看病することになる。
おきくは一人前になったら夫婦になろうといい残し、
葛籠(つづら)師の修行に出た伊助を十五年間待ち続けていた。
伊助はこの十五年音信不通だったが、
ついに消息を聞きあて、おきくは病の身をおし、
江戸に居るという伊助を尋ねて旅に出たというのだった。
だがおすぎの看病もむなしくおきくは息を引き取る。
残された行李には、おきくが伊助のために縫った袷が入っていた。
荼毘に付した後、一人の男を思いつづけたおきくの想いに導かれるように、
おすぎはおきくの代わりに伊助を訪ねようと決心する。

おすぎは伊助を訪ね、雪の降る夜、
伊助の裏店に一晩厄介になります。
おきくの代わりに、うらみつらみを言ってやろうと身構えていたおすぎ。
でもおすぎに背を向け、夜なべに葛籠を編みつづける伊助。
一心に竹を編みながら、
しゅしゅッ、しゅしゅッ……という密かに漏れる声。
おすぎはその音を聞きながら、
いつしか自分と伊助が抱き合っている幻想に囚われます。
そして伊助は問わず語りに竹の見極めをほつりぽつりと話し出す。
おすぎもそれに答えてぽつりぽつりと。
外にはしんしんと雪が降り積もっています。
職人として、際限もない精進の世界に入り込んだ伊助に見えていたものは、
女ではなかったんですね。
男として伊助の気持ちは良く分かります(笑)
おすぎはその夜、そんな伊助に一会の恋を見出したんでしょう。
おそらく自分の世界には無かったはずの邂逅が、
おすぎに「違った人生があったのでは」と、
そんなものを垣間見せた夜だったんでしょうね。
なんとなく切ないです。
何事もなく別れた二人の、およそ二十年後のラストのオチが、
短編の醍醐味を味わわせてくれます。
ちなみに葛籠(つづら)というのはつる草や竹で編んだ櫃(ヒツ)です。
衣類なんかを入れたり、小さなものは文箱にしました。

「対の鉋」

雨の中、
茶室の普請に一心不乱に取り組んでいる大工の常吉の背を見ながら、
おさよは息苦しいほどの思いに囚われていた。
日本橋の呉服の大店、山城屋の主だった藤兵衛の妾腹の子であるおさよは、
この小梅村の隠居所に、
老いた藤兵衛の身の回りの世話をするために一緒に住んでいた。
その藤兵衛が隠居所に茶室を建てるというので、
馴染みの大工の棟梁菊造の弟子である常吉が普請を請け負い、
毎日やってきているのだった。
おさよはもう二十六になる。
若い頃、胸をときめかす男がいなかったわけではなかったが、
いまはもう男に縁の無い身だと諦めている。
そんなおさよが三十過ぎの無愛想な大工の常吉に、
心騒ぐものを感じていた。
普請が進むにつれ、常吉もおさよに心を開いてくるのだが、
二人の間にはいっこうに進展がない。
そんなある日、常吉が命より大事にしている対の際鉋の片方が無くなる。

とにかく常吉の仕事ぶりの描写に釘付け(笑)
茶室を建てていく過程の描写が見事です。
作者には文章の上にも関わらず、建ち上った茶室が想像出来ていて、
それにしたがって描写しているのではないでしょうか。
それほど巧緻ですね。
そして職人の道具に対するこだわり、思い入れもたっぷりと描きます。
鋸や鑿はどこの作がいいとか、そしてこの小説の場合、鉋ですけれども、
誰の作でどういう工程で使うか。
その鉋で削られた木味がどうのこうのと。
さながら道具談義といった趣もあります。
こういうところは本当に読んでいて、ゾクゾクするところです(笑)
男は道具好きですから(笑)
おさよは常吉が大事にしている道具をひとつ盗みます。
それはおさよが常吉に見せてもらった、
するどい刃を持った小さな対の際鉋の片方でした。
おさよはそれを見たとき、常吉に自分の乳房にそれを当てて欲しいと、
妙に女の血が騒ぎます。
常吉にとって道具が淫する対象であり、
男にとって道具が玩具や麻薬だと感じた、
女の勘がそうさせたのかも知れません。
道具に対する嫉妬と同時に、
その盗みはエロスの発露だったのではないかと、
そう思います。
女と大工道具、
うーん、深い組み合わせです(笑)

この小説集に書かれた、江戸の職人の姿というのは粋で、
さらに持っている技を駆使する肉体は、粋をもうひとつ通り越して、
エロティックでさえあるといった感じがします。
作者はそう感じているフシがあります。
江戸時代には約百四十種類もの職人がいたといわれますが、
その代表的職人といえば、大工に左官、それに鳶の三職でした。
これを「江戸の三職」とも「華の三職」とも言います。
たとえば大工なんかは一人前になるまでがとても厳しい。
だいたい十二~十三歳で親方に弟子入りし、
掃き掃除から飯炊きにこき使われる。
すぐには仕事なんか覚えさせてもらえません。
それを辛抱しながらだいたい八年くらいでやっと半人前。
大勢親方の弟子になっても厳しいからどんどん脱落していく。
独り立ちするにはよっぽどの辛抱と根性がいったわけです。
「対の鉋」の大工の棟梁常吉は三十過ぎですが、
およそこれくらいなんでしょうね。独り立ちというのは。
でも一人前になれば、
手間賃は普通の町民が稼ぐ倍はあったといいますから、
こたえられない職業です。
左官も鳶も同じでしょうね。
江戸は火事が絶えないから年中ひっぱりだこだし、
実入りが多いと遊びも派手で、「宵越しの銭はもたねえ」なんてね。
この「華の三職」の姿から出たセリフだと思います。
女性にももてたでしょうね。
粋でいなせ。ちょっとおっちょこちょいで喧嘩っ早い。
技を肉体にまとわせ、江戸前のエロスを具現する大工は、
大工(だいく)ではなく、
山本一力ばりにやっぱり大工(でぇく)ですね(笑)

幕末の世に一世一代の解錠を試みた、
天才錠前師の物語である「解錠奇譚」
妻を賭け、時代遅れの鳶凧で、
ライバルの凧師に喧嘩凧を挑む凧師の物語「笑い凧」
天涯孤独な夜鷹と、
若い桶職人のつかの間の交情を描いた「水明かり」
美しい薄幸の人妻に魅入られ、
滅びていく化粧師の物語「江戸の化粧師」など、
この「江戸職人綺譚」なかなか渋くて面白いです。
とにかく様々な江戸の職人の一徹な仕事ぶりの描写には脱帽(笑)
こういうの好きですね(笑)
続編も出てますからさっそくに。

そのほかの収録作品

「雛の罪」
「昇天の刺青」
「思案橋の二人」

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2009-03-28(Sat) 20:32| 読み捨て御免!| トラックバック 1| コメント 5

貴種と漂白の民-隆慶一郎「吉原御免状」

「吉原御免状」


(新潮文庫)


傑作です。正直にそう思います(笑)
じつは伝奇時代小説はどうも苦手で、
これは最初に山田風太郎を読んだのが悪かった(笑)
のではないかと思ってます。
(こんなこと書いたら山風ファンに怒られそうだけど(笑))
伝奇時代小説というのは、どうしてもある種の荒唐無稽さがつきまといます。
まして山田風太郎の作品というのはかなり奇想天外。
ま、そういう奇抜さに我ながら堪え性が無かったということでしょう(笑)
で、敬して近寄らず(笑)
伝奇時代小説そのものに食指が伸びなかった。
それが今回の隆慶一郎。
ご存知のとおりデビューが七十歳過ぎと遅く、
活動期間も5年と短かったけれど、彼も一時代を画した伝奇時代小説家です。
なぜ手に取ったかといえば網野善彦の本からでした。
「無縁・公界・楽」という本を皮切りに、独特な史観を展開した歴史学者ですが、
従来の日本史に民俗学的アプローチを試み、
非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにしたその史観は、
とても刺激的でした。
最近ほったらかしで、
次第に無政府状態になりつつある書棚を整理しているときに、
その網野善彦の本を見つけ、ふと手に取った途端、
もう整理そっちのけで……(笑)
その網野善彦の史観を背景とした小説が、
この「吉原御免状」であると知り、今回読んでみたわけです。
いつもの人情ものや、武家社会の話とはまるで違う世界。
でもすぐにぐんぐん引き込まれ、それこそ物語を楽しみながら、
知の領域をも大いに刺激する二重の快楽に打ち震えました。
というわけで、この作家にやみつきになりそうな感じに今なってます(笑)
「吉原御免状」は隆慶一郎の記念すべき作家デビュー作です。

明暦三年八月十四日、
ひとりの青年剣士が江戸浅草日本堤に立っていた。
青年の名は肥後浪人松永誠一郎。
誠一郎の師は宮本武蔵政名である。
棄て子だった誠一郎は肥後の山中で武蔵に育てられ、
武蔵亡き後は、高弟の肥後細川藩士、寺尾孫之丞に託された。
その武蔵の遺言に、誠一郎が二十五歳になるまで山中を出すな、
二十六歳になった折りには、
江戸に行き、吉原惣名主の庄司甚右衛門を訪ねよとあり、
二十六歳になった今、誠一郎ははるばる江戸に出てきたのである。
奇しくもその日は新吉原が誕生し、営業初日の日だった。
衣紋坂に出た誠一郎が見る吉原は、
煌々とした明かりに浮かび上がる光の町だった。
そして一斉にかき鳴らされる「みせすががき」の三味線の音。
誠一郎は魅入られるように吉原へと入っていった。
だが、なぜか夥しい殺気が誠一郎を包み込む。
そして誠一郎は幻斎という不思議な老人と出会うのだが……

物語は庄司甚右衛門に遊里吉原の開業を許可した、
徳川家康の「神君御免状」を中心に展開されます。
吉原に腰を落ち着けた誠一郎に幻斎が水先案内人となって、
様々なことを教えていきます。
その過程を中心に、物語が進んでいくのですが、
次第に「道々の輩(ともがら)」と呼ばれる漂白の民の存在と、
遊里吉原成立の謎、誠一郎自身の隠された出自が浮かび上がってきます。
誠一郎は貴種であり、その貴種を吉原に戴くことで、
何事かをなそうとする幻斎の思惑。
そして幕府にとっては脅威となる「神君御免状」を奪還せんと、
柳生義仙率いる裏柳生が襲ってくる。
誠一郎と幻斎、そして二人を守る吉原の亡八や首代。
凶悪な裏柳生忍群との死闘が繰り広げられます。
チャンバラもかなり面白くて、迫力あります。
裏柳生はいつも悪者のような気がしますが(笑)
「神君御免状」に果たして何が書かれているか。
物語が進むにつれ、驚愕の事実が明かされていきます。
とまあじつにワクワクする物語が展開していく訳なんですが、
面白いのは幻斎を通して語られる、
傀儡子一族を中心とした漂白の民の記述、
狂歌や落首、バレ句など織り交ぜながら、
遊里吉原のしきたりや、そして遊里にまつわる様々な語源など、
小説のなかで語られながら、
なんだか民俗学の本でも読んでる気分になるほど、
知的好奇心を満足させるテキストがちりばめられています。
俗世から無縁の存在であり、
中世の頃から日本全土を自由に往来したといわれる、
山伏、傀儡師、巫女、陰陽師、忍者など、
「道々の輩(ともがら)」とも、
「公界(くかい)往来人」とも呼ばれた人々の興亡を通して、
日本の裏面史みたいなものが浮かび上がってくる。
こういうのって小説のなかに織り込まれるとすごく新鮮です(笑)
当然エンターテイメントですから、
吉原の有名な花魁、仙台高尾と誠一郎の交合の場面など、
エロチックな描写も多いです。
でもそういう民俗学的テキストの文脈に洗われて、
全然いやらしさがありません。
その証拠にまるで興奮しませんから(笑)
それよりもっと、
うっとりしてしまうような別種の快美に彩られている感じがします。
吉原の様式美やしきたりの描写がそうさせるのかも知れません。
この小説。小説でありながら小説では無いような、
どうにも不思議な感じです。
とにかく面白くて頁をめくるのが早くなる。
同時に残りの頁がとても気になって仕方ない(笑)
早く読みたいけど、めくる頁が少なくなってしまうのが惜しくて惜しくて(笑)
そんなジレンマに陥った久々の小説でした。
この「吉原御免状」の物語は、
後に書かれる「影武者徳川家康」や「花と火の帝」に密接に結びついています。
続刊「かくれさと苦界行」もぜひ読まなきゃと逸ってます(笑)

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2009-03-21(Sat) 03:42| 読み捨て御免!| トラックバック 1| コメント 7

夫婦の味は「無用の用」-宇江佐真理「卵のふわふわ-八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」

「卵のふわふわ-八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」

宇江佐真理「卵のふわふわ」
(講談社文庫)


こういう題名というのは時代小説にありなんでしょうか(笑)
宇江佐真理という人は、自分では本の題名をつけるのは上手ではない、
と言っていますがなかなかどうして、
とくにこの題名などはちょっと意想外でいて、
でも自分の小説の資質をよく表している気がします。
それにしても「卵のふわふわ」とは(笑)
おそらく宇江佐真理とは知らず、題名見ただけでは読みませんねきっと(笑)
でもこれがまたじつに泣かせる一品(笑)
ファンならお気に入りの一冊という方も多いんじゃないでしょうか。
八丁堀同心の妻を主人公にしているので、捕り物小説とおもいきや、
夫と妻、嫁と舅、そして嫁と姑。
食べ物をうまく介在させた家族小説ですね、これは。
宇江佐真理、2004年の長編小説です。
喰い物草紙と銘打ってるだけに、出てくる食べ物もなかなか美味しそうです。
卵のふわふわはだし汁に卵をとけ込ませるだけの料理だけど、
懐かしそうな感じで、思わず食べたくなります。

のぶは隠密廻り同心椙田正一郎の妻。
八丁堀に嫁に来て6年になる。
だが二度も子供を流産してからは、
夫の正一郎の仲はぎくしゃくとしたものになっていた。
そんなのぶを優しく労り、慰めとなっているのは舅の忠右衛門の存在だった。
忠右衛門は無類の食い道楽。
姑のふでは口は悪いが、根は優しい人だった。
のぶは二人の存在に助けられ、椙田家の嫁としてここまでやってこれた。
のぶは偏食である。そのことで棘のある言葉を言う正一郎に、
心根の冷たさを感じ、のぶはいつしか離縁を考えていた。
そんなのぶがある日、不義まで疑う正一郎の言葉に傷つき、
家を出ることを決心するが……

夫が冷たくて、舅が優しい。往々にしてあることです。
いわば平凡な題材なんですが、それを女性の地位が低く、
家長制度のきつい武家社会、
そういう不自由な環境である時代に持ってくると、
なぜか新鮮な題材になってきます。
そこに食べ物を通してのサイドストーリーを絡ませる。
上手い運びです。
読み始めからもうだいたい結末の見当はついているのですが(笑)
それでもこの小説を読んでいるときの、
ある種の幸福感はなにものにも代え難い。
上質の少女漫画を読んでいる、そんな幸福感にも繋がっている気がします。
宇江佐真理はつくづく不思議な時代小説家です。
正一郎は若いときの恋に傷つき、
少なからず女性不信のトラウマを抱えている。
のぶは正一郎が若いときの恋の相手が忘れられないのではないかと思い、
正一郎は正一郎で、本当はのぶのことを愛しく思っているのに、
なぜか素直になれず、のぶを傷つけてしまうことばかり。
不器用な男なんですね。
最初読者は本気で正一郎憎し(笑)
なんて思わせてしまうあたり、なかなかです。
舅の忠右衛門は擦れ違うふたりの気持ちに気づいていて、
それとなく和解させようとしますが、無理強いはしません。
何事にも自然体の忠右衛門。
最後の章「珍味 ちょろぎ」で忠右衛門が好きだったちょろぎが出てきます。
ちょろぎは巻貝に似たシソ科の多年草の根です。
漬物なんかにすると、際立って美味しいわけではありませんが、
妙に癖になる食感。
で、黒豆なんかに添えて出す。
すると黒豆そっちのけでちょろぎばかり食べてしまうといったことになる。
行方不明となった忠右衛門を偲び、正月に集まっているとき、
おせちに黒豆と添え物のちょろぎが出る。
全員で黙りこくってちょろぎを食べます。
椙田家に出入りしている太鼓持ちの今助は、
忠右衛門になぞらえ、添え物のちょろぎを「無用の用」と言います。
ふでは怒りますが、のぶはなんだか納得したような気になる。
そして読者も忠右衛門の存在とは別に、ある意味、
夫婦の味というのも「無用の用」なのかも知れないと思ったりします。
いい場面です。

ところでのぶは舅の忠右衛門から「のぶちゃん」と呼ばれています。
これだけで忠右衛門の心のなかで、のぶの存在がどうであるか、
手に取るようにわかります。
宇江佐真理は主人公の名前を登場人物に
「~ちゃん」と呼ばせることが多いですね。
これが暖かみというか、人肌というか、
宇江佐真理の人情もののトーンを決めている、
ひとつの重要な成分になっている気がします。
たとえば「春風ぞ吹く」の村椿五郎太だったら
「ごろちゃん」
「無事、これ名馬なり」の村椿太郎左右衛門だったら
「たろちゃん」
「斬られ権三」の権三は
「ごんちゃん」
「泣きの銀次」だったら「銀ちゃん」という風に、
(きりがありませんが(笑))
他の登場人物に親しみを込めてそう呼ばせます。
もうすでにその呼び方で、主人公がどういう人物であるか、
そしてそんな風に呼ぶ人たちは主人公に対して、
どのような気持ちを抱いているか。
そこですでに人情というのが感じられるわけです。
人情というのはどこまでいっても人と人との関係ですからね。
不思議なもので、
実生活でも自分の回りにそういう風に呼ぶ人がいるとすれば、
かなり親しく感じているし、愛情も感じていることが多いです。
嫌いなやつに「~ちゃん」なんて呼ばないですからね(笑)
宇江佐真理はそういうことを了解して、うまく小説の中にとけ込ませています。
これがほのかなユーモアも感じさせ、
愛らしく、
わかりやすい小説になっている要素だと思います。
この小説、個人的にもお気に入りの一冊です。

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2009-03-15(Sun) 15:41| 宇江佐真理の世界| トラックバック 0| コメント 4

逆上する武士道-佐藤雅美「槍持ち佐五平の首」

「槍持ち佐五平の首」

佐藤雅美「槍持ち佐五平の首」
(文春文庫)


佐藤雅美はかなり薀蓄の人である、とそう思います(笑)
小説の序盤でお構いなしに延々と薀蓄傾けたりします。
じれったいぐらいなかなか本題に入らない(笑)
事実かなりの博識で、あの奇怪きわまりない江戸幕府の職制や、
江戸の経済にもよく精通しているようだし、
「居眠り紋蔵」シリーズでは江戸幕府の実法
「公事方御定書」なんかも駆使してます。
今回はそんな佐藤雅美の面目躍如といった感のある、
「槍持ち佐五平の首」という短編集です。
実際に起こった事件を題材に八つの短編が収められています。
だいたい時代は文化・文政の頃です。
この頃になると江戸時代も爛熟期。
大坂を中心に花開いた元禄とは違って、
江戸の町人が中心となって栄えた化政文化時代です。
武士はどうしていたかというと、江戸幕府開闢以来ずっと変わらぬ禄高と、
圧倒的な物価上昇のせいで貧苦にあえぎ、もう見るも無残(笑)
武士階級はすでに魂の抜け殻状態。
江戸幕府が衰退する始まりの時期であります。
そういう時代の話ですから、どうにもこうにも情けないというか(笑)
意地と愚かさは紙一重というか、
色と金と名誉欲に狂う煩悩武士のオンパレードです(笑)
実際の事件にちょこっと肉付けした程度の小説集などと侮るなかれ。
そういう武士の姿を通して、
佐藤雅美のじつにシニカルな目をいたるところに感じます。

「槍持ち佐五平の首」

相馬藩の絹川弥三右衛門は宿割役人であった。
参勤交代でお国許へ帰参する主君の行列を順調に進ませるため、
先乗りして宿場で、本陣の手配などを行うお役目だった。
今回も絹川弥三右衛門は供の者数人を連れ、
通り道にあたる奥州街道の大田原宿に先乗りして、
本陣の手配をつつがなく済ませた。
だがその夜、会津藩の宿割役人が現れ、
同じ日に会津藩の藩主が宿泊することになった、
ついては本陣を譲れと迫った。
会津藩は大藩。宿割役人の態度も権高だった。
絹川弥三右衛門は理不尽な要求に屈しなかったが、
宿場の問屋連中に迷惑がかかると知ると、黙って退いた。
会津の宿割役人に自分たちの宿も譲り、
しかたなく他の宿に移った絹川弥三右衛門に、
槍持ちの佐五平が先の宿に槍を置き忘れてきたと言う。
佐五平は五十過ぎの日雇い人足だった。
取りに行ってこいと命ぜられた佐五平。
よろよろと夜道を先の宿へ引き返したが……

実際にはもっといろいろあったでしょうね、こういう事件は。
参勤交代で大名同士が鉢合わせするのは良くあることで、
ことに江戸市中でけっこうあった。
大名にも当然格がありますから、
それにしたがって先を譲ったり、やり過ごしたり。ホント大変です。
結局この家格というのが、上から下まで武家社会のキモだったわけです。
要するに上下関係。
これでイジメも起これば、妬み嫉み、蹴落としや足の引っ張り合いも起こる。
凄惨な争いの大きな種は、どうしても身分制度にならざるを得ません。
絹川弥三右衛門も大名の家格の違いで、
会津の宿割役人に無理押しされます。
とにかく槍を取りに行った佐五平。でも全然返してくれません。
素直に言うことを聞かなかった絹川弥三右衛門憎しで、
会津藩の役人の嫌がらせはますますエスカレートして、
取りに来るなら槍を置き忘れる粗相をした佐五平の首を持って来い、
とまで言われる。
ここで絹川弥三右衛門の堪忍袋の緒が切れます。
もはやこれまで、ここまで貶められたら、
後は相手を斬って、この恥辱をそそぐのみ、
こうなるともう前後の見境はありません。
キレる侍、逆上する武士道というわけです(笑)
絹川弥三右衛門は佐五平の首をはね、
それを持って会津藩の宿舎に行き、宿割役人をばっさりとやる。
ついでに向かってきた数人も切ってしまいます。
この事件その後はうやむやにされたみたいですが、
武士の意趣返しや愚かな意地のために、
とばっちりで首を切られた佐五平こそ哀れ。

「ヨフトホヘル」

冨士山に見立てた富士塚を立て、参詣する富士講なるものが流行ったとき、
自分の土地に富士塚を立て、ひと儲けを企んだ博徒上がりの半之助。
だが自分の土地に富士塚をたてようと思えば、
代官に賄賂を贈らねばならない。
しかし旗本が土地の持ち主であれば賄賂はいらない。
一計を案じた半之助は重蔵にその土地の名義貸しを頼んできた。
金を貰って名義を貸した重蔵だが、
そのうちこれは自分名義の土地だからといって、
勝手に家を建てて住み始める。
そして家を竹矢来で囲んでしまう。
その土地で商売を始めようとしていた半之助にとって、
重蔵の家と囲いは商売の邪魔でしかたない。
囲いを巡って重蔵と半之助に争いが起こります。
騒動は代官のところにも持ち込まれたが埒が明かず、膠着状態が続く。
悪だくみを案じた重蔵は、半之助を挑発して囲いを壊させ、
それを種に半之助の一家を皆殺しにしてしまえと、息子の富蔵に言い含める。
そして自分はアリバイを作るため家を留守にする。
案の定誘いに乗った半之助は富蔵に切り殺され、
一緒に家族や仲間7人が殺される。
しかし事は重蔵の思惑通りに運ばず、
捕まった富蔵は八丈島へと流され、
重蔵も連座で近江国大溝藩へと永預けとなる。

蝦夷や樺太の探検で、間宮林蔵などと共に知られる近藤重蔵。
神童と呼ばれるほど頭が良く、
幕府の役職も歴任した近藤重蔵ですが、
その性格はとことん悪かったみたいです(笑)
しかしまあ、これほどあっちこっちでモメ事起こしてるとは思わなかった。
ひどい親父もあったもんです(笑)
歴史上の有名人物ですし、
時代小説でも近藤重蔵は火盗改めなんかで主役ですからね。
そういうイメージがガラガラと音立てて崩れていきます(笑)
残された文献から類推したんでしょうけれど、
読む限りそんなに外れてない(笑)
この近藤富蔵の7人殺しは「鎗ケ崎事件」と呼ばれる事件。
小説では近藤重蔵の息子近藤富蔵もとんでもない悪玉に描かれています。
親父はもっとひどいですが(笑)
最近奥田瑛二 監督の「るにん」を見る機会があって、
松坂慶子が神々しい、なんて思って観てたんですが、
あの流人の中で、作家島田雅彦演じる近藤富蔵が、
この「鎗ケ崎事件」の富蔵なんですね。
実際の近藤富蔵は長い流人生活の中で、
八丈島の生活、歴史、文化、風俗を書いた「八丈実記」を著します。
全72巻にも及ぶという大著でした。
明治になって出版され、
柳田国男をして「近藤富蔵は日本における民俗学者の草分け」
とまで言わしめます。
小説の中の近藤富蔵とはだいぶイメージに開きがありますが、
23歳のとき八丈島に流され、
「八丈実記」を書いたのが40代から50代にかけてですから、
厳しい八丈島の流人暮らしでも、若い富蔵の罪を昇華させるのに、
それほどの時間が掛かった、ということかもしれませんね。
歴史は虚実のあわい。
この小説を読むと、だからこそ面白いと思ってしまいます。

他にも「徳川実記」に出てくる、
大胆にも通りがかりの農家の嫁を押して不義し(笑)
強淫大名と落首された浜松六万石、井上河内守正甫をめぐる
「色でしくじりゃ井上様よ」

度重なるいじめにとうとうキレた武士が殺傷事件を引き起こす。
西丸御所院御番で本当にあったいじめの話
「重怨思の祐定(かさなるうらみおもいのすけさだ)」など。
ちなみに祐定は殺傷に及んだ脇差の銘。

この小説集を読んでいると、
武家社会というのはいかに住みづらい社会であったかよく理解できます。
それにしても武士というのは危なくて仕方ない(笑)
昔も今もキレる人はいるわけです。それは変わりないと思う。
でも武士は常に腰に物騒なものをたばさねていたので、
キレる即殺人や傷害につながります。
考えてみれば、武士というのは一触即発の状態に、
常に身を置いていたということになります。
やはり尋常な世界じゃありません(笑)

そのほかの収録作品

「小南市郎兵衛の不覚」
「重怨思の祐定」
「身からでた錆」
「見栄は一日恥は百日」
「色でしくじりゃ井上様よ」
「何故一言諫メクレザルヤ」

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2009-03-09(Mon) 23:23| 読み捨て御免!| トラックバック 0| コメント 5

哀愁の遠景に浮かびあがる人々-藤沢周平「夜の橋」

「夜の橋」

藤沢周平「夜の橋」
(中公文庫)


藤沢周平の小説、ことに短編小説を読むと、
内容とは別に、他の小説家では感じられない、
ある特別なものを感じる気がします。
特別な、そう、一種の哀愁のようなものでしょうか。
藤沢作品ではよく「雨」や「橋」「雪」の風景が使われます。
他にもそういうあらかじめ哀愁を含んだ風景が使われることが多いし、
藤沢周平自身も節度のある抒情へ、
自分を駆り立てる描き方をしている気もします。
小説は人間を描くものですから、
藤沢作品にも当然そういう風景のなかに人々がいます。
たとえばを陽光を往く人、雨にたたずむ人、
橋を往く人、雪にたたずむ人。
そこには何かしらの感情を胸に抱えた人々がいます。
時代を隔てた哀愁の遠景にぼんやり浮かびあがる人々の姿。
読者はその人々の人生を、
時代を隔て、遠景としてつかのま垣間見るわけです。
そしてそうやって垣間見るごとく読む側も、
なんだかそのこと自体、とても切ないような、そんな気になります。
それがある特別なものの正体ではないだろうか思います。
でもこれは他の時代小説家にはあまり感じたことはありません。
もちろんそんなのは自分だけであって、他の人はまた違うのかも知れません。
まあ、ファンというのはそういったものでしょうけれど。
さて「夜の橋」この短編集には何度読んでも泣いてしまう
「泣くな、けい」が含まれています(笑)
藤沢周平が50歳前後に書かれたものが集められ、
市井もの、武家ものが混在している短編集ですが、
今回はなんだか女の生き方がいろいろ。

「夜の橋」

腕のいい錺職人の民次は博奕にはまったのがもとで、
女房のおきくと別れた。
うるさく言う者も居なくなった民次は賭場への出入りも頻繁になり、
今では盆の手伝いまでするようになっていた。
そんな民次のところへ、ある日おきくが訪ねてきたと、
隣家の女房が知らせてくれる。
民次は気になっておきくが勤めているという飲み屋に行った。
民次と会ったおきくは、
あたしを嫁に欲しいと言っている薬種問屋の番頭がいるのだが、
お前さんはどう思うかと聞かれる。
民次はそれはいい話じゃないかと答えたが、内心穏やかではなかった。
しばらくして、出入りしている賭場でおきくの言った薬種問屋の番頭、
兼吉を見かけた民次は、
兼吉の様子が、およそ堅気の番頭とはかけ離れていることに気づく…

夫婦再生の物語ですね。
性根を入れ替えない元の亭主を、
諦めきれないで待っているおきくの心根に、
しみじみと胸打たれます。
おきくの相手である兼吉が、不相応な大きな金を張り続け、
博奕にどっぷりと浸かっていることを知った民次は、
兼吉が店の金にまで手を出しているのではないかと疑い、
兼吉を待ち伏せ、おきくから手を引くように脅します。
それには成功しますが、思いもかけない落とし穴が待っています。
ある事件の罪を引き被れと、賭場の胴元に無理強いをされる民次。
それを頑として聞かなかった民次は半殺しの目に遭います。
這うようにしておきくの店近くの橋に辿り着く民次。
それを見つけたおきく。
傷ついた民次を抱えて言う、おきくの最後のセリフがとてもいいです。
夜の橋をよろけながら遠ざかっていく二人の姿が印象的です。

「泣くな、けい」

相良波十郎は、ある夜、女中のけいを手籠めにする。
妻は病気療養で留守だった。
けいは強情な涙ひとつこぼさない娘で、
波十郎がこのことは誰にも言ってはならんと、
口止めすると、部屋の隅で涙も見せずひっそりと頷いた。
けいが相良家に奉公に上がったのは十五のときだった。
目ばかりが大きい浅黒い娘だったが、
武家での奉公は三年の間にけいを娘らしく成長させていた。
次の日、妻が亡くなったとの知らせが入る。
妻の葬儀も済んだしばらく後、
御納戸役の波十郎は藩主の家宝である短刀が無くなっていることに気づく。
上役の命で波十郎が研ぎに出した後、行方不明になっていたのだ。
波十郎は短刀の行方を追うが、けいが何かを知っているようだった。

家宝の短刀は亡くなった妻の浮気相手が、
城下の刀剣商に売ったことが判明します。
でもすでに隣藩の侍が買い求めた後でした。
波十郎は謹慎処分となり、隣藩に買い戻しに行けない。
そこで買い戻しの重大な役目をけいに託します。
初めは嫌がったけいも、
短刀が戻らなければ切腹という波十郎の頼みを聞き、
波十郎から百両を預かると、隣藩へと旅立ちます。
でもけいはそれからまるで消息を絶ったかのように
待てど暮らせど帰ってきません。
もうこれまでかと思ったとき、
けいが物乞いのような姿で帰り着きます。
そして刀を取り戻したことを波十郎に報告すると、
堰を切ったように号泣します。
じつはけいが訪ねていった隣藩の侍は江戸詰となり、
すでに旅立った後でした。
けいはそれを追い、遙か江戸まで行きます。
十八の娘が三百里の道をたったひとりで往く。
それも百両の金や家宝の短刀を抱えながら。
辿り着いた途端、心細さを思い出すように号泣し、
いつまでも泣きやみません。
その一途さとけなげさに、
思わず物語だということを忘れ、涙せずにはいられません。
なぜこんな物語が思いつけるのでしょう。
けいはずっと波十郎が好きだったんですね。
たまりません(笑)

「暗い鏡」

鏡研ぎの親方である政五郎には、
たったひとりの姪であるおきみがいた。
政五郎の弟、清七の娘だが、清七も女房も早くに亡くなり、
身よりのないおきみを政五郎が引き取って育てた。
政五郎はだらしのない清七にさんざん迷惑をかけられていた。
そのせいかおきみにはあまり構わず無関心だった。
おきみは早くに政五郎の家を出て、女中奉公をはじめる。
それ以来政五郎の家にはあまり寄りつかなかったが、
政五郎は気にもしなかった。
おきみは不器量で、嫁にもいかずすでに二十八になっていた。
そのおきみが、ある日殺されたという知らせが入る。
駆けつけた政五郎に信じられない事実が告げられる。
おきみは場末の娼婦で、客に殺されたというのだった。
女中奉公をしていたはずのおきみが、なぜ娼婦にまで落ちていたのか、
納得のいかない政五郎は、おきみの足跡を辿りはじめる。

たったひとりの姪であるおきみに、あまりにも冷淡だった、
胸を噛むような後悔に苛まれながら、
政五郎はおきみの転落の人生を追います。
そこに浮かび上がってくるのは、淋しいひとりの女の生涯です。
わずかな身内に頼ることも憚り、孤独を胸に抱えて、
性悪な男にすがって生きるしかなかったおきみの人生の、
惻々とした哀しみが迫ってきます。
死んだおきみの部屋には、
政五郎が気まぐれにやった手鏡が、
大事に置かれていました。
その暗い鏡は、
おきみの人生の何を映し出していたのでしょう。

「夜の橋」の後書きで、
藤沢周平は短編小説は仕上げてみるまではどうなるかわからない。
賭博のようなものだと書いています。
たしかに短編小説を書くという行為は、
とてもスリリングな行為なんだろうなと理解できます。
今回はネタバレを通り越して、ほとんどダイジェストになってしまいました(笑)
読むという行為も、書くことに劣らずスリリングであるとしたら、
この読書録はかなりぶち壊しです。
ご容赦を(笑)

そのほかの収録作品

「鬼気」
「裏切り」
「一夢の敗北」
「冬の足音」
「梅薫る」
「孫十の逆襲」

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2009-03-02(Mon) 15:48| 藤沢周平の世界| トラックバック 0| コメント 3

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