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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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職人という生き方-佐江衆一「江戸職人奇譚」

「江戸職人奇譚」

佐江衆一「江戸職人奇譚」
(新潮社)


作者である佐江衆一という作家を知ったのは、
1990年に刊行された「黄落」という介護問題を扱った小説だったと思います。
介護の実態を描く、かなり過酷な内容の小説だったにも関わらず、
不思議に静謐な雰囲気を湛える、良い小説だったと覚えています。
この小説から20年近く経っても、老老介護・認認介護問題など、
介護の問題はますます複雑、深刻になってる気がします。
ま、それはさておき、じつはそれ以来あまり馴染みのない小説家でした。
それが最近は書店に行くと、
佐江衆一のコーナーには現代小説より時代小説のほうが多く並んでます。
いつのまにか時代小説家になってるんですね(笑)
佐江衆一自身は古武道杖術師範、剣道五段の腕前だそうです。
それも45歳から始めたとか。
根性無しの我身では、聞いただけで気が遠くなりそうですが(笑)
ゆえにチャンバラシーンの描写には定評があります。
その佐江衆一の第四回中山義秀文学賞受賞作です。
江戸の職人の意地と技の凄み。
読んでいるだけでもゾクゾクとしたものが伝わってきます。
技や作り上げられたものの描写は精緻で、
なにより多岐に広がるその知識に驚きます。
錠前師、凧師、人形師、大工に化粧師など多彩な職人の奇譚編。
講釈師見てきたようなウソをいい。小説は所詮ウソだとしたら、
この職人奇譚、時代は江戸の世にも関わらず、
ついいましがた見てきたような、まことに見事なウソばかりです(笑)
地味だけど掛値なしの佳品揃い。

「一会の雪」

藤沢近くの辻堂で茶店を営むおすぎは、
人並みに優しい亭主の熊造と、独り立ちした息子や娘もいて、
不満もない毎日だった。
おすぎはもうすぐ四十歳になろうとしていた。
そんなおすぎが、ある日店で具合の悪くなった女、
おきくを助け、看病することになる。
おきくは一人前になったら夫婦になろうといい残し、
葛籠(つづら)師の修行に出た伊助を十五年間待ち続けていた。
伊助はこの十五年音信不通だったが、
ついに消息を聞きあて、おきくは病の身をおし、
江戸に居るという伊助を尋ねて旅に出たというのだった。
だがおすぎの看病もむなしくおきくは息を引き取る。
残された行李には、おきくが伊助のために縫った袷が入っていた。
荼毘に付した後、一人の男を思いつづけたおきくの想いに導かれるように、
おすぎはおきくの代わりに伊助を訪ねようと決心する。

おすぎは伊助を訪ね、雪の降る夜、
伊助の裏店に一晩厄介になります。
おきくの代わりに、うらみつらみを言ってやろうと身構えていたおすぎ。
でもおすぎに背を向け、夜なべに葛籠を編みつづける伊助。
一心に竹を編みながら、
しゅしゅッ、しゅしゅッ……という密かに漏れる声。
おすぎはその音を聞きながら、
いつしか自分と伊助が抱き合っている幻想に囚われます。
そして伊助は問わず語りに竹の見極めをほつりぽつりと話し出す。
おすぎもそれに答えてぽつりぽつりと。
外にはしんしんと雪が降り積もっています。
職人として、際限もない精進の世界に入り込んだ伊助に見えていたものは、
女ではなかったんですね。
男として伊助の気持ちは良く分かります(笑)
おすぎはその夜、そんな伊助に一会の恋を見出したんでしょう。
おそらく自分の世界には無かったはずの邂逅が、
おすぎに「違った人生があったのでは」と、
そんなものを垣間見せた夜だったんでしょうね。
なんとなく切ないです。
何事もなく別れた二人の、およそ二十年後のラストのオチが、
短編の醍醐味を味わわせてくれます。
ちなみに葛籠(つづら)というのはつる草や竹で編んだ櫃(ヒツ)です。
衣類なんかを入れたり、小さなものは文箱にしました。

「対の鉋」

雨の中、
茶室の普請に一心不乱に取り組んでいる大工の常吉の背を見ながら、
おさよは息苦しいほどの思いに囚われていた。
日本橋の呉服の大店、山城屋の主だった藤兵衛の妾腹の子であるおさよは、
この小梅村の隠居所に、
老いた藤兵衛の身の回りの世話をするために一緒に住んでいた。
その藤兵衛が隠居所に茶室を建てるというので、
馴染みの大工の棟梁菊造の弟子である常吉が普請を請け負い、
毎日やってきているのだった。
おさよはもう二十六になる。
若い頃、胸をときめかす男がいなかったわけではなかったが、
いまはもう男に縁の無い身だと諦めている。
そんなおさよが三十過ぎの無愛想な大工の常吉に、
心騒ぐものを感じていた。
普請が進むにつれ、常吉もおさよに心を開いてくるのだが、
二人の間にはいっこうに進展がない。
そんなある日、常吉が命より大事にしている対の際鉋の片方が無くなる。

とにかく常吉の仕事ぶりの描写に釘付け(笑)
茶室を建てていく過程の描写が見事です。
作者には文章の上にも関わらず、建ち上った茶室が想像出来ていて、
それにしたがって描写しているのではないでしょうか。
それほど巧緻ですね。
そして職人の道具に対するこだわり、思い入れもたっぷりと描きます。
鋸や鑿はどこの作がいいとか、そしてこの小説の場合、鉋ですけれども、
誰の作でどういう工程で使うか。
その鉋で削られた木味がどうのこうのと。
さながら道具談義といった趣もあります。
こういうところは本当に読んでいて、ゾクゾクするところです(笑)
男は道具好きですから(笑)
おさよは常吉が大事にしている道具をひとつ盗みます。
それはおさよが常吉に見せてもらった、
するどい刃を持った小さな対の際鉋の片方でした。
おさよはそれを見たとき、常吉に自分の乳房にそれを当てて欲しいと、
妙に女の血が騒ぎます。
常吉にとって道具が淫する対象であり、
男にとって道具が玩具や麻薬だと感じた、
女の勘がそうさせたのかも知れません。
道具に対する嫉妬と同時に、
その盗みはエロスの発露だったのではないかと、
そう思います。
女と大工道具、
うーん、深い組み合わせです(笑)

この小説集に書かれた、江戸の職人の姿というのは粋で、
さらに持っている技を駆使する肉体は、粋をもうひとつ通り越して、
エロティックでさえあるといった感じがします。
作者はそう感じているフシがあります。
江戸時代には約百四十種類もの職人がいたといわれますが、
その代表的職人といえば、大工に左官、それに鳶の三職でした。
これを「江戸の三職」とも「華の三職」とも言います。
たとえば大工なんかは一人前になるまでがとても厳しい。
だいたい十二~十三歳で親方に弟子入りし、
掃き掃除から飯炊きにこき使われる。
すぐには仕事なんか覚えさせてもらえません。
それを辛抱しながらだいたい八年くらいでやっと半人前。
大勢親方の弟子になっても厳しいからどんどん脱落していく。
独り立ちするにはよっぽどの辛抱と根性がいったわけです。
「対の鉋」の大工の棟梁常吉は三十過ぎですが、
およそこれくらいなんでしょうね。独り立ちというのは。
でも一人前になれば、
手間賃は普通の町民が稼ぐ倍はあったといいますから、
こたえられない職業です。
左官も鳶も同じでしょうね。
江戸は火事が絶えないから年中ひっぱりだこだし、
実入りが多いと遊びも派手で、「宵越しの銭はもたねえ」なんてね。
この「華の三職」の姿から出たセリフだと思います。
女性にももてたでしょうね。
粋でいなせ。ちょっとおっちょこちょいで喧嘩っ早い。
技を肉体にまとわせ、江戸前のエロスを具現する大工は、
大工(だいく)ではなく、
山本一力ばりにやっぱり大工(でぇく)ですね(笑)

幕末の世に一世一代の解錠を試みた、
天才錠前師の物語である「解錠奇譚」
妻を賭け、時代遅れの鳶凧で、
ライバルの凧師に喧嘩凧を挑む凧師の物語「笑い凧」
天涯孤独な夜鷹と、
若い桶職人のつかの間の交情を描いた「水明かり」
美しい薄幸の人妻に魅入られ、
滅びていく化粧師の物語「江戸の化粧師」など、
この「江戸職人綺譚」なかなか渋くて面白いです。
とにかく様々な江戸の職人の一徹な仕事ぶりの描写には脱帽(笑)
こういうの好きですね(笑)
続編も出てますからさっそくに。

そのほかの収録作品

「雛の罪」
「昇天の刺青」
「思案橋の二人」

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2009-03-28(Sat) 20:32| 読み捨て御免!| トラックバック 1| コメント 5

貴種と漂白の民-隆慶一郎「吉原御免状」

「吉原御免状」


(新潮文庫)


傑作です。正直にそう思います(笑)
じつは伝奇時代小説はどうも苦手で、
これは最初に山田風太郎を読んだのが悪かった(笑)
のではないかと思ってます。
(こんなこと書いたら山風ファンに怒られそうだけど(笑))
伝奇時代小説というのは、どうしてもある種の荒唐無稽さがつきまといます。
まして山田風太郎の作品というのはかなり奇想天外。
ま、そういう奇抜さに我ながら堪え性が無かったということでしょう(笑)
で、敬して近寄らず(笑)
伝奇時代小説そのものに食指が伸びなかった。
それが今回の隆慶一郎。
ご存知のとおりデビューが七十歳過ぎと遅く、
活動期間も5年と短かったけれど、彼も一時代を画した伝奇時代小説家です。
なぜ手に取ったかといえば網野善彦の本からでした。
「無縁・公界・楽」という本を皮切りに、独特な史観を展開した歴史学者ですが、
従来の日本史に民俗学的アプローチを試み、
非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにしたその史観は、
とても刺激的でした。
最近ほったらかしで、
次第に無政府状態になりつつある書棚を整理しているときに、
その網野善彦の本を見つけ、ふと手に取った途端、
もう整理そっちのけで……(笑)
その網野善彦の史観を背景とした小説が、
この「吉原御免状」であると知り、今回読んでみたわけです。
いつもの人情ものや、武家社会の話とはまるで違う世界。
でもすぐにぐんぐん引き込まれ、それこそ物語を楽しみながら、
知の領域をも大いに刺激する二重の快楽に打ち震えました。
というわけで、この作家にやみつきになりそうな感じに今なってます(笑)
「吉原御免状」は隆慶一郎の記念すべき作家デビュー作です。

明暦三年八月十四日、
ひとりの青年剣士が江戸浅草日本堤に立っていた。
青年の名は肥後浪人松永誠一郎。
誠一郎の師は宮本武蔵政名である。
棄て子だった誠一郎は肥後の山中で武蔵に育てられ、
武蔵亡き後は、高弟の肥後細川藩士、寺尾孫之丞に託された。
その武蔵の遺言に、誠一郎が二十五歳になるまで山中を出すな、
二十六歳になった折りには、
江戸に行き、吉原惣名主の庄司甚右衛門を訪ねよとあり、
二十六歳になった今、誠一郎ははるばる江戸に出てきたのである。
奇しくもその日は新吉原が誕生し、営業初日の日だった。
衣紋坂に出た誠一郎が見る吉原は、
煌々とした明かりに浮かび上がる光の町だった。
そして一斉にかき鳴らされる「みせすががき」の三味線の音。
誠一郎は魅入られるように吉原へと入っていった。
だが、なぜか夥しい殺気が誠一郎を包み込む。
そして誠一郎は幻斎という不思議な老人と出会うのだが……

物語は庄司甚右衛門に遊里吉原の開業を許可した、
徳川家康の「神君御免状」を中心に展開されます。
吉原に腰を落ち着けた誠一郎に幻斎が水先案内人となって、
様々なことを教えていきます。
その過程を中心に、物語が進んでいくのですが、
次第に「道々の輩(ともがら)」と呼ばれる漂白の民の存在と、
遊里吉原成立の謎、誠一郎自身の隠された出自が浮かび上がってきます。
誠一郎は貴種であり、その貴種を吉原に戴くことで、
何事かをなそうとする幻斎の思惑。
そして幕府にとっては脅威となる「神君御免状」を奪還せんと、
柳生義仙率いる裏柳生が襲ってくる。
誠一郎と幻斎、そして二人を守る吉原の亡八や首代。
凶悪な裏柳生忍群との死闘が繰り広げられます。
チャンバラもかなり面白くて、迫力あります。
裏柳生はいつも悪者のような気がしますが(笑)
「神君御免状」に果たして何が書かれているか。
物語が進むにつれ、驚愕の事実が明かされていきます。
とまあじつにワクワクする物語が展開していく訳なんですが、
面白いのは幻斎を通して語られる、
傀儡子一族を中心とした漂白の民の記述、
狂歌や落首、バレ句など織り交ぜながら、
遊里吉原のしきたりや、そして遊里にまつわる様々な語源など、
小説のなかで語られながら、
なんだか民俗学の本でも読んでる気分になるほど、
知的好奇心を満足させるテキストがちりばめられています。
俗世から無縁の存在であり、
中世の頃から日本全土を自由に往来したといわれる、
山伏、傀儡師、巫女、陰陽師、忍者など、
「道々の輩(ともがら)」とも、
「公界(くかい)往来人」とも呼ばれた人々の興亡を通して、
日本の裏面史みたいなものが浮かび上がってくる。
こういうのって小説のなかに織り込まれるとすごく新鮮です(笑)
当然エンターテイメントですから、
吉原の有名な花魁、仙台高尾と誠一郎の交合の場面など、
エロチックな描写も多いです。
でもそういう民俗学的テキストの文脈に洗われて、
全然いやらしさがありません。
その証拠にまるで興奮しませんから(笑)
それよりもっと、
うっとりしてしまうような別種の快美に彩られている感じがします。
吉原の様式美やしきたりの描写がそうさせるのかも知れません。
この小説。小説でありながら小説では無いような、
どうにも不思議な感じです。
とにかく面白くて頁をめくるのが早くなる。
同時に残りの頁がとても気になって仕方ない(笑)
早く読みたいけど、めくる頁が少なくなってしまうのが惜しくて惜しくて(笑)
そんなジレンマに陥った久々の小説でした。
この「吉原御免状」の物語は、
後に書かれる「影武者徳川家康」や「花と火の帝」に密接に結びついています。
続刊「かくれさと苦界行」もぜひ読まなきゃと逸ってます(笑)

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2009-03-21(Sat) 03:42| 読み捨て御免!| トラックバック 1| コメント 7

逆上する武士道-佐藤雅美「槍持ち佐五平の首」

「槍持ち佐五平の首」

佐藤雅美「槍持ち佐五平の首」
(文春文庫)


佐藤雅美はかなり薀蓄の人である、とそう思います(笑)
小説の序盤でお構いなしに延々と薀蓄傾けたりします。
じれったいぐらいなかなか本題に入らない(笑)
事実かなりの博識で、あの奇怪きわまりない江戸幕府の職制や、
江戸の経済にもよく精通しているようだし、
「居眠り紋蔵」シリーズでは江戸幕府の実法
「公事方御定書」なんかも駆使してます。
今回はそんな佐藤雅美の面目躍如といった感のある、
「槍持ち佐五平の首」という短編集です。
実際に起こった事件を題材に八つの短編が収められています。
だいたい時代は文化・文政の頃です。
この頃になると江戸時代も爛熟期。
大坂を中心に花開いた元禄とは違って、
江戸の町人が中心となって栄えた化政文化時代です。
武士はどうしていたかというと、江戸幕府開闢以来ずっと変わらぬ禄高と、
圧倒的な物価上昇のせいで貧苦にあえぎ、もう見るも無残(笑)
武士階級はすでに魂の抜け殻状態。
江戸幕府が衰退する始まりの時期であります。
そういう時代の話ですから、どうにもこうにも情けないというか(笑)
意地と愚かさは紙一重というか、
色と金と名誉欲に狂う煩悩武士のオンパレードです(笑)
実際の事件にちょこっと肉付けした程度の小説集などと侮るなかれ。
そういう武士の姿を通して、
佐藤雅美のじつにシニカルな目をいたるところに感じます。

「槍持ち佐五平の首」

相馬藩の絹川弥三右衛門は宿割役人であった。
参勤交代でお国許へ帰参する主君の行列を順調に進ませるため、
先乗りして宿場で、本陣の手配などを行うお役目だった。
今回も絹川弥三右衛門は供の者数人を連れ、
通り道にあたる奥州街道の大田原宿に先乗りして、
本陣の手配をつつがなく済ませた。
だがその夜、会津藩の宿割役人が現れ、
同じ日に会津藩の藩主が宿泊することになった、
ついては本陣を譲れと迫った。
会津藩は大藩。宿割役人の態度も権高だった。
絹川弥三右衛門は理不尽な要求に屈しなかったが、
宿場の問屋連中に迷惑がかかると知ると、黙って退いた。
会津の宿割役人に自分たちの宿も譲り、
しかたなく他の宿に移った絹川弥三右衛門に、
槍持ちの佐五平が先の宿に槍を置き忘れてきたと言う。
佐五平は五十過ぎの日雇い人足だった。
取りに行ってこいと命ぜられた佐五平。
よろよろと夜道を先の宿へ引き返したが……

実際にはもっといろいろあったでしょうね、こういう事件は。
参勤交代で大名同士が鉢合わせするのは良くあることで、
ことに江戸市中でけっこうあった。
大名にも当然格がありますから、
それにしたがって先を譲ったり、やり過ごしたり。ホント大変です。
結局この家格というのが、上から下まで武家社会のキモだったわけです。
要するに上下関係。
これでイジメも起これば、妬み嫉み、蹴落としや足の引っ張り合いも起こる。
凄惨な争いの大きな種は、どうしても身分制度にならざるを得ません。
絹川弥三右衛門も大名の家格の違いで、
会津の宿割役人に無理押しされます。
とにかく槍を取りに行った佐五平。でも全然返してくれません。
素直に言うことを聞かなかった絹川弥三右衛門憎しで、
会津藩の役人の嫌がらせはますますエスカレートして、
取りに来るなら槍を置き忘れる粗相をした佐五平の首を持って来い、
とまで言われる。
ここで絹川弥三右衛門の堪忍袋の緒が切れます。
もはやこれまで、ここまで貶められたら、
後は相手を斬って、この恥辱をそそぐのみ、
こうなるともう前後の見境はありません。
キレる侍、逆上する武士道というわけです(笑)
絹川弥三右衛門は佐五平の首をはね、
それを持って会津藩の宿舎に行き、宿割役人をばっさりとやる。
ついでに向かってきた数人も切ってしまいます。
この事件その後はうやむやにされたみたいですが、
武士の意趣返しや愚かな意地のために、
とばっちりで首を切られた佐五平こそ哀れ。

「ヨフトホヘル」

冨士山に見立てた富士塚を立て、参詣する富士講なるものが流行ったとき、
自分の土地に富士塚を立て、ひと儲けを企んだ博徒上がりの半之助。
だが自分の土地に富士塚をたてようと思えば、
代官に賄賂を贈らねばならない。
しかし旗本が土地の持ち主であれば賄賂はいらない。
一計を案じた半之助は重蔵にその土地の名義貸しを頼んできた。
金を貰って名義を貸した重蔵だが、
そのうちこれは自分名義の土地だからといって、
勝手に家を建てて住み始める。
そして家を竹矢来で囲んでしまう。
その土地で商売を始めようとしていた半之助にとって、
重蔵の家と囲いは商売の邪魔でしかたない。
囲いを巡って重蔵と半之助に争いが起こります。
騒動は代官のところにも持ち込まれたが埒が明かず、膠着状態が続く。
悪だくみを案じた重蔵は、半之助を挑発して囲いを壊させ、
それを種に半之助の一家を皆殺しにしてしまえと、息子の富蔵に言い含める。
そして自分はアリバイを作るため家を留守にする。
案の定誘いに乗った半之助は富蔵に切り殺され、
一緒に家族や仲間7人が殺される。
しかし事は重蔵の思惑通りに運ばず、
捕まった富蔵は八丈島へと流され、
重蔵も連座で近江国大溝藩へと永預けとなる。

蝦夷や樺太の探検で、間宮林蔵などと共に知られる近藤重蔵。
神童と呼ばれるほど頭が良く、
幕府の役職も歴任した近藤重蔵ですが、
その性格はとことん悪かったみたいです(笑)
しかしまあ、これほどあっちこっちでモメ事起こしてるとは思わなかった。
ひどい親父もあったもんです(笑)
歴史上の有名人物ですし、
時代小説でも近藤重蔵は火盗改めなんかで主役ですからね。
そういうイメージがガラガラと音立てて崩れていきます(笑)
残された文献から類推したんでしょうけれど、
読む限りそんなに外れてない(笑)
この近藤富蔵の7人殺しは「鎗ケ崎事件」と呼ばれる事件。
小説では近藤重蔵の息子近藤富蔵もとんでもない悪玉に描かれています。
親父はもっとひどいですが(笑)
最近奥田瑛二 監督の「るにん」を見る機会があって、
松坂慶子が神々しい、なんて思って観てたんですが、
あの流人の中で、作家島田雅彦演じる近藤富蔵が、
この「鎗ケ崎事件」の富蔵なんですね。
実際の近藤富蔵は長い流人生活の中で、
八丈島の生活、歴史、文化、風俗を書いた「八丈実記」を著します。
全72巻にも及ぶという大著でした。
明治になって出版され、
柳田国男をして「近藤富蔵は日本における民俗学者の草分け」
とまで言わしめます。
小説の中の近藤富蔵とはだいぶイメージに開きがありますが、
23歳のとき八丈島に流され、
「八丈実記」を書いたのが40代から50代にかけてですから、
厳しい八丈島の流人暮らしでも、若い富蔵の罪を昇華させるのに、
それほどの時間が掛かった、ということかもしれませんね。
歴史は虚実のあわい。
この小説を読むと、だからこそ面白いと思ってしまいます。

他にも「徳川実記」に出てくる、
大胆にも通りがかりの農家の嫁を押して不義し(笑)
強淫大名と落首された浜松六万石、井上河内守正甫をめぐる
「色でしくじりゃ井上様よ」

度重なるいじめにとうとうキレた武士が殺傷事件を引き起こす。
西丸御所院御番で本当にあったいじめの話
「重怨思の祐定(かさなるうらみおもいのすけさだ)」など。
ちなみに祐定は殺傷に及んだ脇差の銘。

この小説集を読んでいると、
武家社会というのはいかに住みづらい社会であったかよく理解できます。
それにしても武士というのは危なくて仕方ない(笑)
昔も今もキレる人はいるわけです。それは変わりないと思う。
でも武士は常に腰に物騒なものをたばさねていたので、
キレる即殺人や傷害につながります。
考えてみれば、武士というのは一触即発の状態に、
常に身を置いていたということになります。
やはり尋常な世界じゃありません(笑)

そのほかの収録作品

「小南市郎兵衛の不覚」
「重怨思の祐定」
「身からでた錆」
「見栄は一日恥は百日」
「色でしくじりゃ井上様よ」
「何故一言諫メクレザルヤ」

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2009-03-09(Mon) 23:23| 読み捨て御免!| トラックバック 0| コメント 5

マイホーム・サムライの憂鬱-佐藤雅美「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」

「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」

佐藤雅美「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」
(講談社文庫)


物書同心居眠り紋蔵の第二弾です。
第一弾からの話の流れは続いており、
時間の経過とともに以前の事件がうまく組み込まれています。
窓際同心の紋蔵さんは相変わらずで、
奉行所でも暇を持て余している人物だと見られているらしく、
次から次へと変な事件が持ち込まれます(笑)
その変な事件を、颯爽と解決する、ではなくて(笑)
コツコツと心当たりを尋ねて回り、
ああでもない、こうでもないとひねくり回し、
いざ見当をつけても深くは踏み入らない。
どうにも頼りない風なのですが、今回の紋蔵さんはツキにツイているらしく、
思わぬところで手柄を立てたり、大金が転がり込んできたりします。
そのことで胃が痛くなるような思いもするのですが、
おおむね平穏無事に結末を迎える。
その結末も、いつものように黒白つけません。
グレーっていえばグレーですが、これがいい(笑)
温情溢るる紋蔵さんの解決の仕方は、彼の深い人間性を示唆してます。
解説の誰かが書いてましたが、このシリーズを指して
「ホームドラマ的時代劇」だとか。言いえて妙ですね。
家族だの友人だのの、あれやこれや。
それに同僚や上役が持ち込む様々なこと。
それらに紋蔵さんは出過ぎず、さりとて引っ込み過ぎず、
いい具合の歩幅で事にあたります。
マイホームパパの紋蔵さん。
今回は子沢山の家族にも大きな変化が起こり、ちょっと寂しい思いもします。

「落ちた玉いくつウ」

大店の油屋が火事で焼け主人夫婦や奉公人全員が焼死し、
十四になるひとり娘の喜代だけが生き残った。
娘は家の隠し穴蔵には百五十両の金が隠されていると母から聞かされていた。
喜代は焼け跡を調べたが探し出せなかった。
借金のあった油屋の地所は、札差の伊勢屋に家質として差し押さえられる。
伊勢屋は穴蔵の金のことを知ってか知らずか、地所を塀で囲ってしまった。
そしてすぐさまに売ってしまう。
焼け跡には新しい店が建ち、もう調べることは出来なくなった。
ある事件の関わりでそのことを知った紋蔵は、
飲み屋の下働きとして働き出した少女にそれとなく会いに行くのだが…

新しく建った店が放火され、少女が犯人として捕らえられるのですが、
敢然と黙秘を続け、やがて自害してしまいます。
本当に隠し穴蔵に金はあったのかどうか。
あったのなら、それを誰が盗ったのか。
果たして放火の犯人は少女であったのかどうか。
なんら解決しないまま、死んだ少女の墓の前で手を合わせる紋蔵さん。
江戸時代には放火は重罪で、ボヤでも火あぶりの刑になりました。
八百屋お七は有名ですね。彼女はそのとき十六歳になったばかり。
当時は十五歳以下は罪一等が減じられたので、
裁きの場で町奉行の甲斐庄正親はお七を哀れみ、
「お七、お前の歳は十五であろう」と謎をかける。
でもお七は自分は十六だといって譲らなかったといいます。
それで火あぶりになった。
お七が十五だといえば流罪ぐらいになったでしょう。
でも少女が八丈島へ流罪になるのは本当に過酷です。
死ぬよりはるかに辛い。
十四のお喜代もそのことを知っていたのかも知れませんね。
結局は何も語らなかった少女の心に寄り添うように、
心優しい紋蔵さんは墓前に手を合わせます。

「紋蔵の初手柄」

ある日紋蔵は奉行に呼ばれ、とうてい信じられないことを聞く。
それは入牢の証文もない男が長年牢屋に居るということだった。
そしてその男は記憶を失っているという。
名無しの権兵衛と呼ばれていた。
なぜその男が牢に居るのか、男は果たして罪を犯しているのか、
そして男はいったい誰なのか。
紋蔵は男の身元を密かに探るよう命じられる。
しかしまるで雲を掴むような話である。
定回り同心への昇進をほのめかされた紋蔵は、
しぶしぶ承知し、男の身元を探り出そうとするのだが……

面白い話ですよね(笑)
どこの誰だかわからない男が牢屋に紛れ込んで囚われている。
それも何年も(笑)
すっとぼけた話だけど、こういう話が紋蔵には良く似合います。
この事件を調べていくうちに、ひとりの失踪人に行き当たり、
その失踪人を殺した疑いのある大泥棒の男と情婦を捕まえ、
紋蔵は思わぬ大手柄を立てます。
結局権兵衛の身元は分からずじまいでしたが、
殺されたはずの失踪人がじつは権兵衛で、
泥棒だった可能性が高いと紋蔵は目星をつけます。
しかし記憶の何もかも失い、牢屋でおとなしく暮らしている権兵衛。
それ以上の追求は詮方ない。
権兵衛の処置に困った奉行所は牢から出そうとしますが、
本人は出たがらない。
仕方なく牢奉行の役宅で働かせることに。
それを聞き、わざわざ恐れながらと訴え出て、あえて罪人を作ることはない。
ま、いいかと思ってしまう紋蔵さんでした(笑)

このほかにも紋蔵が間男に間違われる(笑)
「沢瀉文様べっ甲蒔絵櫛」
娘の手習いの師匠のために金を握らせて、
やりもしない盗みを盗賊に自白してもらう表題の「隼小僧異聞」
いいのか、おいっという感じです(笑)
そして島帰りの男と大身の旗本のお坊ちゃまの意外な繋がりと、
紋蔵の粋な見てみぬふりが泣かせる「島帰り」など、
それぞれに楽しく読ませます。
居眠り紋蔵シリーズの良さは、やはり家族が絡んでくるところですね。
いろいろ気苦労もあるけど、家族のためだったらなんにも厭わない紋蔵。
武家の封建的な家長制度と、
家族思いのマイホーム・パパぶりが不思議にマッチしてます。
ところで今回は長女の稲が、
両想いだった蜂屋家の次男鉄哉とめでたく祝言を上げ、
家を出ていきます。
そして長男の紋太郎も、見込まれて北町の与力の家に養子にいく事に。
家族大事のマイホーム・サムライにとって、
家族の数が減るというのは、どうにも隙間風の吹くことのようです。
そのあたりの紋蔵さんの姿と、軟着陸の結末が相まって、
噛めば噛むほど味の出る、
ほんにスルメのようなシリーズですね。これは(笑)

そのほかの収録作品

「沢瀉文様べっ甲蒔絵櫛」
「罪作り」
「積善の家」
「隼小僧異聞」
「島帰り」
「女心と秋の空」

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2009-01-27(Tue) 22:08| 読み捨て御免!| トラックバック 0| コメント 4

風狂の華-北原亜以子「江戸風狂伝」

「江戸風狂伝」


(中公文庫)


新年早々パソコンの故障で、久しぶりの更新となってしまいました。
最近は何をするにもパソコンですから、
無いと本当に何も出来ません(笑)
いかにパソコンに頼り切った生活をしているか痛感させられます。
さて今年の時代小説読書録。
あれこれ読んでまな板に乗せたい作家、作品は数あれど、
本業もあることですし、
順調に更新していくのは難しいとは思いますが、
出来る限り時代小説の魅力を伝えていきたいと思っています。
本年もよろしくお願いします。
今年の口開けは北原亜以子です。
宇江佐真理に続いて二人目の女性時代小説家。
北原亜以子はかなり多作なので、読んでみたい作品もいろいろあります。
人気のある「慶次郎縁側日記」シリーズなんかも楽しみですが、
今回手に取ったのは1997年、第36回女流文学賞の「江戸風狂伝」
江戸の富豪で犬公方徳川綱吉に伊達くらべを挑んだ石川屋六兵衛とその妻およし。
刃傷事件を起こした稀代の天才平賀源内。
伝説のゴシップ作家&講釈師馬場文耕など、
じつに興味深い人物たちの、
その風狂の姿を描いた作品集です。
表題の風狂というのは、風雅がきわまり、
もはや狂気に近いことをいうのですが、
禅宗においては悟りの境涯として重要視されます。

「伊達くらべ」

浅草黒船町に店を構える御用商人石川屋六兵衛は、
江戸に名だたる富豪である。
世は将軍綱吉の時代。
容赦のない性格の綱吉は市中に隠し目付を放ち、
罪あるとしたものを有無を言わせず引っ立てた。
幕臣たちも綱吉の性格に戦々恐々としている。
六兵衛はそんな世の閉塞感にいいしれぬものを感じていた。
ある日六兵衛は妻のおよしに将軍様と伊達くらべをしてみたいと相談される。
以前京都の商人の妻と伊達くらべをして勝ったおよしは、
もう将軍様しか相手はいないという。
比類なき美しさとお洒落好き、
およしは六兵衛にとってかけがえの無い妻である。
しかし将軍様相手では、まかり間違えれば咎人となる。
それでも六兵衛はおよしの心意気を尊重し、
協力を買って出る。

天和元年(1681)5月、将軍綱吉が上野寛永寺に参詣したとき、
上野広小路を通りかかると、ひときわ見事に飾り立て、
自分を迎えている女性が目についた。
彼女は金の簾をたれ、金の屏風を引き回した前に、
美しく着飾らせた7人の女中を従えていた。
調べると浅草黒船町の町人石川六兵衛の妻だという。
綱吉は奢りが過ぎるとして怒り、
六兵衛一家を奢侈の咎で闕所処分(財産没収のうえ追放)の刑にする。
六兵衛の妻の申し立ては「将軍の行列に伊達くらべをしかけたまで」
というのであったが。

この話は戸田茂睡という人の書いた「御当代記」に記載されています。
元禄期は町人の富裕階層が新興の支配階級として台頭してきた頃で、
有り余る金で豪奢な生活をし、妻たちは衣裳を競い合いました。
その衣装くらべを伊達くらべといったんですが、
贅と粋を尽くした伊達くらべは元禄期を代表する社会風俗だと言えます。
その伊達くらべを将軍に仕掛ける。
無謀というか痛快というか(笑)
でもこの小説に描かれた顛末は、
新興支配階級のただの驕慢という感じはありません。
闕所処分覚悟で二人で仕掛ける伊達くらべは、
もう元禄のデカダンスといっても差し支えない。
およしは気高いアンニュイの匂いさえします。
最後に江戸を追われた二人は、
風狂に殉じた満足か、
屈託のない笑顔を浮かべ西へと旅立っていきます。
それがまたなんとも……
なんにも無くなったのにね(笑)

「いのちがけ」

講釈師文耕は語らずにはいられない。
郡上一揆の顛末を農民側から描いた「珍説もりの雫」を引っさげ、
7日間の連続語りに挑戦しようというのである。
郡上一揆には幕府の役人も加担し、
その詮議が行われている最中である。
幕府の政事を批判すれば、下手をすると死罪である。
世間は郡上一揆の噂でもちきりで、
文耕の演じる小屋には大勢の人々が詰めかけていた。
弟子も周囲も決してやり過ぎるなと注意する。
文耕も俺は馬鹿じゃない、登場人物の名前を変え、
うまく誤魔化して演じるさ、と考えていた。
文耕と郡上一揆の関わりは、
江戸で直訴に及ぼうとしていた農民のひとり、
善七を助けたことに始まる。
善七は直訴の前に逃亡して行方不明になっていたが、
その後善七の妹おしずが文耕を訊ねてきて、
今ではわりない仲となっていた。
やがて演目が始まり、
当初誤魔化して演じるつもりだった文耕。
いったん始まれば次々と実名を出して演じ、
小屋は次第に白熱していく。

2000年に緒方直人主演で映画にもなった宝暦郡上一揆。
数ある一揆の中でも、
唯一農民側が勝利したとされるものです。
一揆後には郡上藩は取り潰しになり、
幕府の重職も何人かが罪に問われ、処分を受けています。
のちに講談の主流となる世話物の分野を開拓した講釈師馬場文耕は、
この郡上一揆を扱った「珍説森の雫」を演じ、
さらに本にして売ったかどで捕まり、死罪になります。
この小説、抑えても、抑えても語らずにはいられない、
破滅に向かうと分かっていながら思いとどまることが出来ない。
馬場文耕という生まれながらの講釈師、
そのどうにもならぬ「口舌の業」をうまく描いています。
馬場文耕の行動は、
重箱の隅まで暴き立てずにはおかない、
現代マスコミにも似ていますが、
違うのは言論の自由など露ほども無かった時代に、
死を賭して果敢に権力を批判した精神でしょうか。

他にも浮世離れした池大雅夫妻を描いた「あやまち」、
奇想の浮世絵師歌川国芳を描いた「臆病者」
大身の旗本と遊女の心中で有名な藤枝外記を描いた「やがて哀しき」など、
この作品集、感動できるという類のものではありませんが、
江戸の市井で風狂に生きた人々の特異な姿が印象的で、なかなか面白いです。
まあ少し展開についていけないというか、
もっと言えば話が要領を得ないというか(笑)
そういうところもありますが、
北原亜以子、次が楽しみです。

そのほかの収録作品

「あやまち」
「憚りながら日本一」
「爆発」
「やがて哀しき」
「臆病者」

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