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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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お江戸はワンダーランド-青木宏一郎「江戸庶民の楽しみ」

「江戸庶民の楽しみ」

青木宏一郎「江戸庶民の楽しみ」
(中央公論新社)


「馬がしゃべった!」そんな噂が江戸の町のあちこちでまことしやかに流れはじめ、それが瞬く間にとてつもない規模の噂になって江戸の町を席巻する。
幕府もほってはおけず、延べ35万人の人が取り調べられたという話。
元禄6年のことです。
お江戸は不思議なとこだ。ほんとありえねーよ(笑)

いったいお江戸の人々はどんな毎日を生きていたんでしょう。
時代小説も市井ものを読んでいると、妙にそういうところが知りたくなってしまいます。
市井万民、爪に火をともすような暗い生活だったのか、
それとも
「いいか誰にも言っちゃあいけねえよ。ここだけの話しだがな、驚くなよ、ほんとに馬がしゃべったんだぜ」
みたいな、落語に出てくる熊さん、八っつぁん、ご隠居の、だぼら話のような軽いノリの暮らしだったのか……
ぜひ知りたくなりまして、
で、この本「江戸庶民の楽しみ」
青木宏一郎という人が書いた本です。
江戸初期の頃から幕末に至るまでの、江戸庶民のレジャー考察というべき本です。
読み始めて気がついたんですが、400ページにも及ぼうかという厚みなのに、
ほぼ半分が江戸のレジャー年表に費やされてます。
でもこのレジャー年表がかなりスゴイです。
江戸初期から幕末までの、こと娯楽に関する出来事が年代ごとにぎっしりと。
よくぞこれだけ調べあげたものだと感心しました。

お江戸は世界一の娯楽都市でした。
これは紛れもない事実です(笑)
江戸のレジャーの流れというのは、初期のころは江戸にいるのは武士が大半でしたから、遊びも武士中心。湯女がいる風呂屋なんかが流行していた。
(形は違えど今でもありますね。あれはかなり由緒正しきものだということになります)
それがだんだん町人が増えてきて、やがて幕府が上方からどんどん商人を呼び寄せる。
つまり関西資本の投入を図り、江戸を活性化させようとしだしてから、遊びの主役は徐々に町人に移っていきます。
時代が経つにつれ武士は貧乏の定番ポジションに追いやられますから、そういう意味でも遊びの牽引車は町人です。
遊びといってもその頃は祭りや行楽が中心。
祭りは祭礼ですから信仰と結びついたものです。行楽というのは、いわゆる物見遊山ということでしょうが、当時はやはり信仰と分かちがたいものがあり、つまりどこそこのお寺に参詣がてら、そこらを見て回るといった程度のものでした。伊勢参りや善光寺参りなんかがそうですね。
娯楽といっても宗教活動と密接に結びついている。
それが元禄期になると町の規模が広がり、整備も整ってくると歌舞伎や勧進相撲、見世物なんかが出始めてくる。
なによりも町人が増えると、そういう興業で利益が出始めますから娯楽が本格化してくる。
あちこちに歌舞伎や見世物の小屋が建ち、遊郭や料理屋などの歓楽街もどんどん増えてくる。
結果として贅沢、退廃がはびこります。
幕府も禁止令とか出して抑えようとしますが、所詮は庶民の底知れぬパワーには勝てません。
禁止しても禁止しても法の抜け道を拵えて何度でも立ち上がってきます。
まるでどこかの日本みたいです(笑)
そうやって人口増加に比例して、徐々に江戸という巨大娯楽都市が出来上がってきます。
おおざっぱにはそういう流れになると思います。
ま、そんな風に出来上がってきた江戸は、何が飛びだすか分からないようなワンダーランドみたいだったんでしょうね、きっと。
市井で暮らす人々にとっては、そのほかにもいろんな娯楽がありましたが、歌舞伎見物とか見世物とか、そんな構えたものじゃなく、身近なものでも楽しむ。
そういう楽しみというのもたくさんありました。
そんな江戸の楽しみのキーワードは
「粋」「宵越しの銭は持たねぇ」「風流」
これじゃないかと思います。かなりかぶってるところもありますが(笑)
粋というのはファッション。
根付けや着物(江戸小紋なんかは粋の極みです)手ぬぐいとか、そういうものに意匠を凝らす。
着こなしもそうですね。
「宵越しの銭は持たねぇ」というのは、江戸っ子気質ですね。
江戸というところはなにせ火事の多いところで、いくら稼いで持っていても、ひとたび火事が起こればすべてがパァーですから、パッとお金を使い切る気質が自然と出来上がる。
当時、初鰹というのは非常に貴重なものでした。値段も目の玉が飛び出るほど高い。
それを名もなき庶民が豪勢に買うわけです。一年分の給金をはたいてでも。
で、近所に配ったりして食べる。これは粋にもつながります。
お金持ちの商売人なんかは絶対買いません。関西資本ですから吝いので(笑)
「風流」というのは具体的な行動としては、見物とか鑑賞でしょうか。
その場合、自分が風流を感じ、行う主体であること。
盆栽なんかもそうでしょうね。盆栽を育て愛でる。これは風流です。
行き過ぎて盆栽バブルもあったようですが。
そして季節ごとの風景。そういうものに風流を見いだす。
春だったら花見や梅見、夏は朝顔だとか花火見物。秋は月見に、冬は雪見と、
季節ごとに風流を感じ楽しんでいく。
ま、なかにはわけのわからない風流もあるにはあります。
「枯野見」という見物があって、寒い時期に冬枯れの光景を、
ふくべに酒なんか詰め込み、何人かと連れだって見に行く。
冬枯れは文字通り、葉も落ちた裸木が並んでるとこですね。
そういうところの端に座ってちびりちびりと飲る……
で、「寒くなってきたな、ぼちぼち帰ろうか」なんて言って三々五々にとぼとぼ帰る。
なにが面白いんでしょう。わけわかりません(笑)
まあ、なかにはそんなものもありますが、
考えてみれば江戸の庶民の暮らしというのは非常に豊かです。
貧しいけれど、めぐる四季に合わせ、さまざまに楽しみを見つけていく生活。
今の時代みたいに金に追われすぎて、
すれっからしになってない気がしますね。
住宅ローンなんていうのも無いし(笑)

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2008-10-21(Tue) 01:31| 江戸はやっぱり面白い!| トラックバック 0| コメント 1

江戸はほぼ酒樽-「近世武士生活史入門事典」

「近世武士生活史入門事典」

近世武士生活史入門事典
 (柏書房)


柏書房から出ている本です。
アンベールの幕末図絵などの図版がふんだんに掲載されているので、
パラパラとめくってるだけでもけっこう面白い。
複雑怪奇な江戸幕府の職制からはじまり、
項目は衣服や冠婚葬祭、日常の細かな作法から食生活まで
じつに多岐にわたっていますが、
入門事典とあるだけどこか通り一遍の感なきにしもあらず。
読みながらつらつら思ったことは、
江戸時代の武家の生活は、ごく初期は別として、
林羅山が登用されて朱子学が幕府の官学になったあたりから、
どうも堅苦しいものになった感じ。
朱子学の教えはともかく己の分を守ることですから、
将軍は将軍らしく、家臣は家臣らしく分をわきまえること。
当然これは親子関係や夫婦関係まで適用され、
分を越えないために礼節やしきたりにもやかましくなる。
礼節を知り、それぞれに己の分を守れば、
おのずと争いは起きず天下太平になる。
この朱子学こそが士農工商をはじめとした封建社会の身分秩序を作り上げたということになります。
武士を描く時代小説の大きなテーマというのは、
この封建制度の中で起こりうる様々な葛藤ですね。
ざっくり言えば。
そこに普遍のテーマ、たとえば恋愛でもいいし、親子や夫婦関係、
最近だったら介護の問題だとか、いじめ問題でもいい、
そういうものを放り込む。
時代小説というのはそれで出来上がるんだと思います。
だいたいは。
メチャメチャおおざっぱな言い方ですが(笑)
ゆえに朱子学を学べ。時代小説を楽しむには。
そういう結論になります(笑)

まあそういう堅苦しい社会にあって、
武士たちの楽しみは何かというと酒ではなかったかと思います。
ふだん武士の勤務というのは特殊なのを除いてはだいたい週三日ぐらいのお勤めで、
それも午後早くに終わったりしますから暇で仕方ない。
無聊を持てあましてつい酒に手が伸びます。
この本の中に元禄の頃の、酒の消費量についてのことが書かれてあります。
それによると江戸に運び込まれた酒の年間総量はおよそ六万樽。
そのころの江戸の人口で割ると、一人あたりの年間飲酒量は四斗近く。
一升瓶に換算するとなんと400本。凄まじい量です(笑)
江戸の総人口の中には女子供も含まれていますから、
実際はそれよりも多くなります。信じられないほどの消費量です。
地方も似たり寄ったりで、
尾張藩の役人が村々の視察に出かけた絵日記が残っており、        
接待漬けで浴びるほどの酒を飲む様子や、
飲めや歌えの連夜の乱痴気騒ぎが細かく描かれています。
ほかに楽しみは薄いとはいえ、いやじつによく飲んでます(笑)
しかし酒の消費量とは別に、
腐敗しているというかなんというか、
役人というのは今も昔も、なんとも仕方のないもんですね(笑)

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2008-10-13(Mon) 00:14| 江戸はやっぱり面白い!| トラックバック 0| コメント 0

作家の数だけ江戸がある

時代小説ばかり読んでいると、当時の雰囲気、つまりその昔の江戸や上方、京の町の風景や雰囲気はいったいどうだったのか?また地方に行くとどうだったか?
そんなとりとめの無いことを想像することがよくあります。
想像のもとになる頭の中にある情報は小説や、考証もの、江戸学の類の経由のものです。
そこから取捨選択、類推し、想像しているわけで、江戸の町の風景ひとつを取ってみても、要するに誰の小説を一番読みこんだか、誰の情報に一番毒されたか(笑)という話になってしまいます。
例えば時代小説のメイン舞台になることが多い江戸だと、池波正太郎の鬼平や梅安に傾倒していれば、江戸の町というのは盗賊や殺し屋ばっかりで、どうも魔窟というか闇黒というか、そういうイメージが先行して、のんびり穏やかに暮らしているという感じが薄くなりますよね。虚構なんだからと理解していても、江戸の町は昔のニューヨーク並にけっこうヤバかったんじゃないか(笑)なんて、
そういうイメージに彩られてしまうところがあります。
反対に宮部みゆきの「ぼんくら」や「日暮らし」なんかにハマってしまうと、天才美少年の弓之助や仲良しの歩くテープレコーダーのおでこがバタバタと走り回る江戸の町は、なんと明るく穏やかで良いところだ、なんて思ってしまいます。食べ物もおいしそうだし。
藤沢周平にしても江戸の町を舞台にした小説をたくさん書いていますが、江戸の深川や本所の水際あたりの描写は相当なもので、読み耽っていると絶対にこういう風景はあったに違いない、いや間違いない、とまあ、そのうちだんだんと確固たる江戸の町が自分の中で出来上がったりします。考えてみればかなり怖いことです。その作家が考えた過去の町並みが自分の頭の中に根付くのですから。こういうの、ありていに言えば刷り込みですよね(笑)
でもこれが分岐点というか、かなり大事なところで、あとあと時代小説を読み込んでいくうちに、それが知らず知らずに小説を選ぶ好悪の基準、物差しになっていることがあります。
突き詰めれば好き嫌いなんだからそれでいいと思うのですが、それがために喰わず嫌いになってしまうこともなんだか口惜しい気もします。
闇黒の江戸、風情の江戸、人情の江戸、明るく賑やかな江戸、いろんな江戸があっていいわけです。
作家の数だけ江戸の町があり、また読み手の数だけ江戸の町もあるわけですから、あんまり物差しを振りかぶらないで、ニュートラルに構えて、小説に書かれた江戸の町を歩き回って楽しむのが一番かも知れません。
しかし江戸という都市は不思議ですね。これだけ小説の舞台になる過去の都市というのはほかに見当たらない気がします。

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2008-09-25(Thu) 23:41| 江戸はやっぱり面白い!| トラックバック 0| コメント 0

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