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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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お江戸の家族力-山本一力「だいこん」

「だいこん」
山本一力「だいこん」
(光文社文庫)


「あかね空」で直木賞を受賞した2002年から「小説宝石」に連載され、
2005年に刊行された作品です。
父親の賭場での借金が原因で、貧乏を余儀なくされたひとりの少女が、
持ち前の知恵と才覚で一膳飯屋を開業し、
一家をまとめて商いの華を大きく咲かせていく江戸版細腕繁盛記。
同年の後半に「梅咲きぬ」が刊行されていますが、
これも老舗料亭に生まれたひとりの少女が、
母親の厳しい英才教育に歯を食いしばって耐え、
己れの器量を大きく開花させていく物語でした。
どちらも人情成長小説のジャンル(そう勝手に名づけてます(笑))
山本一力作品の中で、女性が主人公の小説では双璧かも知れません。
決定的に違うのは、山本一力言うところの家族力かな。
題名の「だいこん」も妙題です。
例えば「花だいこん」とか「だいこんの花」なんてつけがちですが、
まんまの「だいこん」真っ白で気取りなく、まさしく家族の味です。
江戸は深川が小説の舞台となる場合が多い山本一力作品。
でも今回は違って、
浅草方面から墨田川を本所へ渡る吾妻橋周辺が舞台となっています。

つばきは深川の木場跡に新しい一膳飯屋「だいこん」を普請していた。
浅草で一膳飯屋「だいこん」を立ち上げ、成功させたつばき。
大きくなった「だいこん」はいつしか酒を出す店になっていた。
店の常連客である豊国屋木左衛門に、
「昼間の店を成功させてこそ本物の商人だ」と言われ、
商人としての証し、そして意地を示すため、
「だいこん」を人に譲り、昼間の一膳飯屋だけで商いを成功させるため、
深川へとやってきたのだった。
そんなつばきにある日深川の地廻りの若い渡世人が訪ねて来る。
地元の顔役、閻魔堂の弐蔵が顔を貸せと言ってきたのだった。
臆すことなく出かけたつばきだが、弐蔵の顔を見て驚く。
弐蔵はその昔つばきの父親安治を賭場に誘った伸助だった。
賭場で十両の借金を背負い込んだ安治に、
容赦ない取立てを行い、一家を貧乏暮らしに追い詰めた張本人だった。
つばきは弐蔵の顔を見ながら、
一家の歳月に起こった様々な出来事を思い起こしていた。

わずか17歳で一膳飯屋「だいこん」を開業し、
天才的な飯炊きの才や確かな味覚、そして洞察力とアイデアを駆使して、
「だいこん」を人気店に押し上げていくつばきの物語です。
「だいこん」は今ならいわばバイキング風の一膳飯屋です。
それを採算の取れるものに仕上げていくつばきの手腕。
そして何よりも客を第一とする考え。
それが客が店をとても大事にすることに繋がり、
人が人を呼び、人気店として不動のものになっていく。
小説「だいこん」は小気味よい経済小説の趣があります。
でも忘れてはならないのは、ひとりの少女の細腕繁盛記であると共に、
結束して困難をひとつずつ乗り越えていく家族の物語でもあるということですね。
「梅咲きぬ」は老舗料亭を守るため、
厳しい修行に跡取り娘である玉枝が耐えていく。
守られるべきしきたりと約束事のなかにも、
常に江戸の先端を目指す若き女将が主役でした。
そのためか一種の芸道小説のような趣があります。
家族の影がとても薄い。
父親はいませんしね。
「だいこん」は家族の存在がとても色濃い。
とりわけ父親の存在が大きいですね。
酒と博打にだらしないが、職人としては知恵と技に長けた腕のいい大工。
人間臭い江戸の職人像と父親像がうまくクロスしています。
たまに家族を泣かすけど、己の過失は己でどこまでも背負い、
家族を守って奮闘する父親。
つばきの商才の開花を促すかたちで、
家族はこの父親の安治を中心にして結束し、
困難を乗り切っていきます。
父親像の消失が言われだして久しい昨今ですが、
本当にこういう父親はもう居ないのでしょうか。
ま、自分のことは棚に上げてですが(笑)

ところでこの「だいこん」
時代考証が不正確であるとよく言われています。
江戸三大大火のひとつ、
明和九年二月(1772)に起きた目黒行人坂の大火。
少女つばきが天才的な飯炊きの才を発揮するのは、
この大火の炊き出しでした。
江戸っ子は明和九年は「めいわくな年だった」
なんてシャレのめしていますが(笑)
大規模な火災で死者も相当な数に上りました。
この火事は放火が原因。
で、その犯人を捕まえたのが、
かの鬼平こと長谷川平蔵の父親、
火付盗賊改長官である長谷川宣雄でした。
ま、こんな話はどうでもいいんですが(笑)
つばきはこのときに認められ、吾妻橋たもとの火の見櫓に、
母親と共に飯炊きとして雇われます。
で、ここが問題(笑)
じつは吾妻橋が完成したのは、
目黒行人坂の大火の2年後、1774年なんです(笑)
小説ではつばきが三歳のときにはもう吾妻橋はありますから、
ずいぶん前に完成していたことになります。
時代考証をうるさく言う人は気になるでしょうね。
物語(嘘)なんだから、いいじゃないという人と、
いや物語だからこそ、そういうところで違うと根こそぎダメなんだという人、
様々だと思います。
個人的には目くじら立てるほどじゃないと思ってますが、
山本一力は「銭売り賽三」でも同じように、
吾妻橋を実際の時代より早く架けてますから、
これはもう吾妻橋に関しては、
うっかりというより確信犯ではないかと、
そう思ってます(笑)

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2009-02-24(Tue) 18:29| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 1

春はまだとて梅咲きぬ-山本一力「梅咲きぬ」

「梅咲きぬ」

山本一力「梅咲きぬ」
(文春文庫)


今年初めての山本一力。
正月ならずとも目出度さが良く似合う作家です(笑)
今回読んだのは「梅咲きぬ」
凛として強く、そして美しい。
そんな二代にわたる江戸深川の女を描いた長編です。
山本一力の江戸を舞台にした作品には、
必ずといっていいほど登場する江戸深川門前仲町の老舗料亭江戸屋。
山本一力のファンだったら、
店構えも、その広さもよく承知しているかもしれませんね。
とりあえず料亭江戸屋は山本一力の深川賛歌の象徴みたいな存在。
その江戸屋の女将は代々「秀弥」という名前を受継ぎます。
この度の主人公は三代目と四代目秀弥。
四代目秀弥は「損料屋喜八郎始末控え」に出てくる喜八郎の恋人、
江戸屋の女将秀弥と同時代なんですが、同一人物と思いきや、
この小説には喜八郎のキの字も出てきません。残念ながら(笑)
この作品、デビュー作「損料屋喜八郎」シリーズの、
スピンオフ作品として位置づけることも出来そうですけれど、
この小説以降の料亭江戸屋と女将「秀弥」の山本一力作品への露出度は
ハンパじゃありません。
そのあたりから考えても、
秀弥が主役の「梅咲きぬ」が一巻の本として出てきたのちは、
山本深川小宇宙の中心惑星は江戸屋であり、秀弥であって、
他の深川の星たちこそがスピンオフである、
ということも言えそうです(笑)
まずはじめに江戸屋と秀弥ありき。
山本一力はこの「梅咲きぬ」を
「わが思い入れ最高の作品」と言ってるらしいですから、
当たらずとも遠からずかな(笑)

江戸深川富岡八幡宮の本祭は三年に一度。
その本祭の前日、
氏子総代を務める料亭江戸屋の四代目女将秀弥は、
境内の飾りつけの仕上がりを見に来ていた。
秀弥は遠い昔、母である三代目秀弥とともに、
やはりこの本祭の前日の境内に来たことを思い起こしていた。
秀弥は玉枝と呼ばれ、まだ六歳だった。
そのときの母の美しさを秀弥は今でも忘れない。
玉枝は生まれながらに料亭江戸屋を継ぐ運命。
その玉枝に母の三代目秀弥は厳しい修練を課した。
六歳になった玉枝は、
踊りの師匠山村春雅のもとに稽古に行くことになる。
深川の芸妓たちに混じり、修業を始めた玉枝。
江戸屋の跡取り娘だが、
一番下の弟子である玉枝に、
芸妓たちは遠慮無く用事を言いつける。
広い稽古場の拭き掃除もひとりでこなさなければならなかった。
雛祭りも祝ってもらえず、なぜあたしだけがこんな目に……
玉枝はひとり泣くこともあった。
そんな玉枝に春雅は「つらいときは思い切り泣いたらええ、だが自分をあわれんではあきまへん」そう言って諭すのだった。
幼いながらも春雅の言葉に励まされる玉枝は、
それからの日々を懸命に耐える。

この小説、いわゆる成長小説のひとつなんでしょうね。
三代目秀弥が自分の娘である玉枝に、
江戸に名だたる料亭を背負っていけるよう、
英才教育をほどこしていく。
幼い玉枝は健気にも歯を食いしばって母の期待に応え、
自分でもその器量を開花させていく。
そういう玉枝の成長過程をたどるのが、
この小説の楽しみの部分です。
そして重要な存在が踊りの師匠である春雅と、その連れ合いである福松。
二人ともご老体ですから、玉枝にとっては祖父母のような具合になります。
母の三代目秀弥の養育を補うかたちで、
芸をきわめた春雅の厳しさと思いやり、
物事の見極めに秀でた、名人気質の福松の愛情が玉枝に注がれます。
そしてそんな母娘を深川衆の人情と心意気が優しく包みます。
主筋は玉枝の成長物語ですが、
料亭専門に徒党を組んで、
ゆすりたかりを重ねる悪党たちに江戸屋が狙いをつけられ、
玉枝の機転でそれを見抜くと、
母三代目秀弥が深川の肝煎衆や町内鳶たちの協力のもとに、
敢然と立ち向かう。
それこそ胸のすく、なかなかな場面もあります。
挫折もなしの玉枝はちょっと出来過ぎ。
そんな感じもしますが、
江戸深川に凛然と生きた女たち。
山本周五郎に「日本婦道記」という作品集があります。
貞淑で、強き日本の母、女性のモデルは、
おそらくここから生まれたと思うのですが、
強く美しい二代にわたる江戸の女を描いて「梅咲きぬ」
これはこれで山本一力なりの「婦道記」なのかも知れません。
力の入った良い小説です。

ところでこの小説、江戸思草に沿って書かれているように思います。
気づく人は気づいているでしょうが(笑)
江戸思草とは江戸商人たちが練り上げた生活哲学であり、
行動の規範だったとされているものです。
繁盛しぐさ、商人しぐさともいわれています。
その江戸思草の子供の養育方針がこれ。
「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理(ことわり)で末決まる」
三歳までに素直な心を持たせ。
六歳になると振舞いに節度をもたせる躾をし、
九歳ではきちんとした挨拶ができるよう正しい言葉遣いを覚えさせ、
十二歳では正しい文章が書けるようにさせ、
十五歳にもなると世の中の仕組みや物事の是非が分かるようにしなければならない。
ということなんですが、
玉枝は六歳で踊りの修業に出され、
九歳で母と一緒に新年のあいさつ回りを始める。
そしてわずか十五歳で四代目秀弥になり、
母の死ですぐに老舗料亭江戸屋を背負うことになります。
玉枝に訪れる節目はこれにだいたい符合します。
評判の「江戸しぐさ」のしぐさはもとは思草と書いて、
思いと行動のことですね。その合致が重要です。
傘を差してすれ違う時は、
相手に雨水が掛からないよう傘を外側に傾ける「傘かしげ」
これなどは有名な江戸しぐさ。
他人への思いやりが基本です。
まあこれは江戸商人というより、
江戸に暮らす町人全体の基本思想じゃなかったかと思います。
江戸は初期の頃から他国からどんどん人が流入してきて、
ついには百万都市になったわけですから、新参者ばっかり(笑)
幕府は知らん顔で町方の自治に委せていたところもありますから、
町人同士の摩擦や軋轢には自分たちで対処するしかない。
隣同士仲良く生きていく、
その共生の思想がなければ自治は崩壊するしかない。
他人に対する思いやりを持つことなしには、
暮らせなかったと思います。
人にあっては思いやり、我にあっては足るを知る。
ま、現在はもっとそれが必要な時代でしょうね。
なかなか出来ませんが(笑)

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2009-01-17(Sat) 16:57| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 0

哀歓の八景-山本一力「辰巳八景」

「辰巳八景」

山本一力「辰巳八景」
(新潮文庫)


2003年から2004年にかけて小説新潮に掲載されたものをまとめた短編集です。
人情小説の新しい書き手として登場してきた山本一力。
なぜかこの作品集ではいつもの一力節を抑えた感があります。
なぜなんでしょうね。小説新潮だからでしょうか(笑)
なかにはフォーカスが定まらないようなお話もありますが、
辰巳、すなわち江戸深川を題材に、
その時代、まさにそこに生きた人々の、
哀歓の点景を描いて、けっこう印象的な短編集でした。
それにつけても深川です。
時代小説の市井ものといえば本所深川あたりが舞台になることが多いです。
深川が職人などのいわゆる下層の町人が多く暮らす町であり、
吉原を凌ぐほどの隆盛を誇った花街があった町、
というだけでは説明不足の気がします。
時代作家がこぞって題材にする江戸深川という町は、
もっと奥深い魅力を持った町ということが言えそうです。

「仲町の夜雨」

深川冬木町の町内鳶の頭である政五郎は、
小網町に若い女を囲っていた。
女房のおこんも承知のうえだった。
おこんと政五郎は仲睦まじかったが、
おこんが二度流産したのち、次の子宝に恵まれる気配がなかったので、
子供の欲しかった政五郎は外に女を囲ったのだ。
すでに三十七になるおこんは、子供はもう諦めかけていたが、
それでも月のものが止まる兆候があり、
喜んで産婆のところへ駆け込む。
だが産婆から出た言葉は「もう上がりだよ」
という残酷な言葉だった。
あるとき小網町近くに火事があり、
政五郎はその若い女を心配したのか、
小網町へ行ったきり、一ヶ月近くも帰ってこなかった。
おこんはその妾のところへ行き、
政五郎の子を産んでほしいと、はっきり言うべきだと考えはじめる。

鳶の頭の内儀であるおこんが主人公なんですが、
そのおこんの姿がいいですね。
政五郎が若い妾のところへ行ったきり、帰ってこない。
心配した仲人の佐賀町の頭におこんは呼ばれます。
で、そういうときのあらたまった格好が、
髷は結わずにひっつめ髪。
そして厚手木綿の股引に半纏。白い鼻緒の雪駄という姿。
雪駄は深くは履かず、かかとがはみ出ている感じで、
チャラチャラと雪駄の底の尻鉄を鳴らして歩く。
今でも深川あたりの祭礼の日にはいそうな感じです。
なんというか艶でボーイッシュ。鉄火な感じです(笑)
深川は辰巳芸者の名前も男名前だったりしますから、
気っ風を売りにする鳶の姐さんだったらありうる姿です。
そういうおこんですが、子供が出来ないことで悩み、
もう女としては上がりだと産婆に言われてショックを隠せない。
それで若い妾のところへ行って、
どうぞ政五郎の子を産んで欲しいと言うべきかどうか。
さんざん迷います。
ようやく若い女のところへ乗り込んだおこん。
子供を産んでも本宅に取られることを怖れていた若い妾の気持ちを知って、
その帰り道、養子を取ろうと政五郎に相談することを決心します。
江戸深川門前仲町に降る夜雨が、
家路につくおこんを優しく包みます。
仲町の夜雨、この題名はやはり詩です。

「石場の暮雪」

居職の履物職人信吉の娘、輝栄は、
大横川小町とひそかに称えられるほどの美人だが、
女ながら股引半纏の職人の出立ちで、家業を手伝っていた。
雪駄づくりが面白くて仕方がない輝栄は、
とうとう二十四の年になるまで、独身を通し続けていた。
そんな輝栄が自分の家の前で、
ちょうど雪駄の鼻緒が切れて困っていた戯作者の卵、
一清と偶然に出会う。
雪駄を直す輝栄に一目惚れした一清は、
女には馴れておらず、そのうえ口べた。
それでも決心した一清は、
毎日欠かさず短い文を輝栄に届けるようになる。
輝栄もだんだん一清を意識するようになるが……

一清は山本一力自身の投影であるようです。
出来上がった戯作を出版元に持ち込むのですが、
出版元の手代はなかなか良い返事をくれず、
店の主人にも原稿を通さない。
なぜ手代がダメ出しをし、主人にも見せないのか、
そのあたりは自分の経験から書いているようですね。
物語の方はというと、
一清の恋文というのがこれがまたすごく短い(笑)
会うのも店先だけ。
でも毎日ですから少しずつお互いの気持ちが進展していく。
最後に一清は「あなたと祝言を挙げる日を毎日思い描いている」と短い文に書きます。
輝栄にとっても待ち焦がれていた言葉です。
でもそのとき、一家にとって大恩ある人から縁談が持ち込まれていて、
輝栄は迷います。
父親の信吉に打ち明けようとすると、
察した信吉は縁談は断ってやると言ってくれます。
年の暮れのある日、深川に初雪が降る。
輝栄は雪景色のなかを歩き、一清の家に行きます。
薄雪の積もった戸口を開けると一清が出てくる。
でも輝栄の姿を見て驚き、
緊張してなんにも言えない一清に輝栄は、
「ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます」と。
このセリフ、なんだかちょっと鳥肌立っちゃいました(笑)

深川は富岡八幡宮の門前町として発達し、
花街も置かれた頃からいっそう華やかになります。
紀文や奈良茂などの材木商人が屋敷を構え、
全国から特産物が集まる湊でしたから、江戸の食文化の最先端地。
富岡八幡宮で最初の興業が行われた大相撲の出発点でもあります。
山東京伝や曲亭馬琴もこの地で生まれ、平賀源内や松尾芭蕉も住んでいた。
まあ、江戸の文化を代表する言葉である「いき」は、
この町から生まれたといっても過言ではありません。
江戸深川は文化の集約地、かつ発信地。
闊達で心意気にあふれた町だったんでしょうね。
そういう深川に住む人々の哀歓の八景。
この小説はいわゆる浮世絵の八景物に乗っ取って書かれています。
八景物とは、中国北宋の時代に成立した画題、瀟湘八景が基。
平沙落雁
遠浦帰帆
山市晴嵐
江天暮雪
洞庭秋月
瀟湘夜雨
煙寺晩鐘
この八つに倣って描かれた浮世絵で、
安藤広重の近江八景、江都八景なんかが有名です。
題名も佃島帰帆とか墨田暮雪とか、そういう風になってます。
この小説、ゆえに題名がすごく詩的ですね。
山本一力によって書かれた小説の八景。
なかなか乙 なものです。

そのほかの収録作品

「永代橋帰帆」
「永代寺晩鐘」
「木場の落雁」
「佃町の晴嵐」
「州崎の秋月」
「やぐら下の夕照」

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2008-12-11(Thu) 18:21| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 2

人情の花-山本一力「いっぽん桜」

「いっぽん桜」
山本一力「いっぽん桜」
(新潮文庫)


山本一力2003年の短編集。
「桜」「萩」「忍冬」「朝顔」
それぞれの花に託した人情話は温かく爽やかです。
表題作もいいけど、土佐藩での話が印象的。
その作品に使われる方言に今回は格別なものを感じました。
方言のひびきに滲み出るほのぼのとした温かさ。
これは山本一力がすごく書きたかったものじゃないかと、
そう思いました。

「いっぽん桜」

深川の口入屋井筒屋は江戸でも指折りの大店である。
そこの頭取番頭をつとめる長兵衛の願いは、
ひとり娘が嫁入るまで、
娘と思う存分に花見がしたいというものだった。
そのために近郷の村からわざわざ一本の桜を買い取り、
自分の家の庭に植え替える。
だがその桜は毎年咲くとは限らないといういわくつきの桜だった。
そんな長兵衛が、ある日井筒屋の主人重右衛門から料亭に誘われる。
そこで重右衛門が打ち明けた話は、長兵衛にとっては驚くべきものだった。
店を息子に譲って引退する。ついてはこの際、
店の切り盛りを思い切って若い者に任せたいので、
長兵衛にも自分と同時に勇退して欲しいという。
主人がそういう以上黙って従うしかない。
その日から長兵衛の失意の日々が始まる。

この短編はリストラの話なんですが、
ただのリストラとは違って、
時流に乗り遅れないために古い体質を一掃し、
会社が若返りを図る。現在でもよくある話です。
それでも本人にとってはリストラにかわりありません。
店の身代を大きくしてきたのは自分だという自負もある。
はじきだされる長兵衛としては到底納得できない話です。
そういう気持ちのまま、再就職するとどうなるか。
井筒屋と取引のあった小さな魚卸の店に勤め始める長兵衛。
未練を残しているものですから、
帰属意識はまだ井筒屋にあり、以前のやり方も押し付ける。
当然いろいろ軋轢が起こります。
こういう人、結局馴染めなくてまた辞めちゃうんですね。
普通だったら。
疎まれ、孤立したと思っていた長兵衛。
でも仲間たちの本当の気持ちを知る機会がやってきます。
長兵衛の家の庭に植え替えられた一本の桜があります。
果たしてその桜が家の庭に無事根付くかどうか、
その姿が長兵衛に重なります。
最後の長兵衛の後姿がいいですね。
人情の温かみが心に沁みる一編です。

「萩ゆれて」

兵庫は傷を癒すために、
土佐の浦戸湾沿いにある小さな村に湯治にきていた。
兵庫の父は病気の妻の薬代に困り、わずかな賄賂を受け取る。
そのために切腹させられることとなった。
兵庫はそのことを道場仲間に罵られ、
木刀試合を申し込んだが、逆に傷を負ってしまったのだ。
ある日兵庫は、蝮に噛まれた漁師の娘りくを助け、
りくの家族と親しく付き合うようになる。
りくの家族や村人と過ごすうちに、
やがて兵庫は武士を捨てて、漁師になろうと決心するが……

りくと結ばれた兵庫は結局魚屋をはじめます。
兵庫の母の志乃は病気で臥せっているのですが、
兵庫が武士の身分を棄て、
漁師の娘を嫁に貰ったことに憤り、
兵庫とりくに固く心を閉ざします。
土佐藩は他藩に較べ、とても身分制度が厳しかった土地です。
そういう土地で武士を捨てて、
魚屋になるというのはとんでもない話だったに違いありません。
武家の妻として生きてきた志乃にとっては、
許し難いことだっていうのは良く分かります。
でもその頑なな志乃の心もやがて氷解する日が来ます。
無心に尽くす嫁の優しさと健気さが、
志乃の心に届くその日。
このくだりはかなりジワッときます(笑)
ま、絵に描いたような人情ものといえばそうなんですけど(笑)
ところでこの小説で裏の主役は正調土佐弁ですね(笑)
山本一力が高知県出身だというのは有名な話。
この小説で駆使する正調土佐弁は見事です。
なんだか話しかける前からすでに心がニコニコしているような、
そんな優しさを感じます。
方言というのは、
あらかじめ人情を内包した言葉だというのが良く分かります。

山本一力の小説というのはあんまり悲劇は起こりません。
まあ人情小説だから、といってしまえばそれまでですが、
読むときの安心感という点ではやはり悲劇は起こらないほうがいい。
読後に温かい人のぬくもりを感じ、
捨てたもんじゃないんだ人生は、
さあ明日からまた元気にやっていこう。
そう感じさせるのがやっぱりこのジャンルの、大きな存在価値かもしれませんね。

そのほかの収録作品

「そこに、すいかずら」
「芒種のあさがお」

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2008-11-23(Sun) 02:12| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 0

青春股旅小説-山本一力「草笛の音次郎」

「草笛の音次郎」

山本一力「草笛の音次郎」
(文春文庫)
山本一力「草笛の音次郎」

山本一力初めての股旅ものです。
いったいどんな風になるのだろうと思いましたけれど、
やっぱり明るくて爽やか(笑)
しかし分かってはいてもこれがけっこう痛快で面白いんです。
なんだかんだと一気に読んでしまい、
読後、その爽やかさから勝手に青春股旅小説と名付けることに(笑)
一読すればその感じが掴めると思います。

江戸の今戸に居を構える貸元、恵比須一家の親分芳三郎は引退を考えていて、三年後に跡目をお前に譲りたいと代貸の源七に告げる。
後の代貸は誰がいいかと源七に聞くと、源七は音次郎がいいという。
音次郎とは、深川黒江町に母およしと暮らしながら、
通いのやくざというちょっと珍しい若い者だ。
優男すぎると芳三郎は少し不服のようだった。
ちょうど芳三郎の兄弟分で、下総佐原の貸元、
小野川の好之助から香取大社の祭りに来ないかという誘いがあったが、
芳三郎は体調思わしくなく、名代を立てることにする。
その名代に源七は迷わず音次郎を推挙した。
源七から仁義の特訓を受け、
母親のおよしに道中支度万端を整えてもらうと、
懐に百両という大金を携え、
かくして音次郎の下総佐原への初旅がはじまる。
だが初旅はまごつく事ばかり、
さんざんな目に遭いながら旅を続ける音次郎。
そしてある宿ではとうとう強盗に遭遇することになるが……

この小説、青春股旅小説と名付けましたが、
股旅小説というのは要するにロードムービーなんですよね。
音次郎が行く先々で遭遇する出来事や、いくたの困難を乗り越え、
一人前の博徒として成長していく、そういう物語です。
まあ、やくざが成長していくことが良いことか悪いことかは別にして(笑)
義理も人情も分かるいなせな江戸前の博徒として、
好漢音次郎の明るい成長物語といったところでしょうか。
面白いのはこの音次郎に対する周りの扱いです。
音次郎が名代として初旅をすることが決まると、
母親のおよしはいそいそと道中支度を取りそろえますが、
これが三度笠から道中合羽に小物まで、
すべて江戸のブランド品ばかり(笑)
代貸の源七は音次郎に仁義の特訓をし、
鳥追いの母娘を音次郎のひそかなお目付役として送り出す始末。
音次郎はいわば恵比寿一家の幹部候補生ですが、
それにしてもかなりな過保護ぶりです(笑)
行く先々でもそうです。武士であれ、町人であれ、やくざであれ、
誰もが音次郎に目をかけ世話を焼く。
音次郎もそれに応える。
でもこのよってたかって世話する、
というのが、なんだかじつにいい感じです。
現実社会にはなかなか無いことですからね。

股旅というのは旅から旅へと股にかけてという言葉で、
起源は雲助や雲水が流れ歩く様であって、渡世人とは関係がなかった。
それを「一本刀土俵入り」や「沓掛時次郎」を書いた長谷川伸が、
博徒の旅を股旅とし、そういう戯曲や小説を股旅もの、としたわけです。
昭和のはじめの頃です。
酌婦お蔦への恩返しに股旅姿で四股を踏む「一本刀土俵入り」の駒形茂兵衛。
一宿一飯の義理からやむなく斬った相手の女房子供を守って旅をする沓掛時次郎。
長谷川伸の書く股旅ものというのはアウトローの義理人情の世界です。
それが時代を経て、笹沢佐保の「木枯らし紋次郎」が一大ブームを巻き起こし、
このとき股旅のヒーロー像がちょっと変わりました。
「あっしには関わりござんせん」
ニヒルです、キーワードは。
テレビの殺陣も長脇差(長ドス)の刃こぼれを嫌う突きが主体で、
リアルを追求しました。
学生運動なんかも時代背景にありましたから、
こういうキャラが受けたんでしょうね。
破れ三度笠に煮染めたような道中合羽。
この「木枯らし紋次郎」で、
股旅というのはかなり薄汚れたヒーローというのが定着したと思います。
ちなみに「帰ってきた木枯らし紋次郎」はもっとすごいことになってます。
年を取った木枯らし紋次郎はさらに汚れ方も凄みを増し、
長い漂白の末、継ぎ当てだらけの道中合羽は言うに及ばず、
手甲脚絆はまるでぼろ雑巾だという話です(笑)
で、平成の「草笛音次郎」です。
過保護かつ影のないこの音次郎。
博徒とはいえもはやアウトローとは呼べませんね。
新品ばかりの道中支度に身を固め、
股旅に不可欠の長脇差も持ってません(笑)
月代の剃りも青々として、いかにもという爽やか博徒(笑)
かなりなグルメだし、わきまえていて、なにより快活です。
木枯らし紋次郎とは正反対の地平にいるヒーローです。
明るすぎるほどのこの股旅小説。
でもこれ、れっきとした青春ドラマ+義理人情の世界なんですよね。
基調はといえば結局は長谷川伸以来の義理人情の王道なんです。
外してません。けっして(笑)
まあ、はるか長谷川伸の世界からこういうところへ来たか、という感じ。
アクの抜けきった股旅ヒーローがかなり新しい。
はっきりいって股旅小説というのは、
昨今あんまりパッとしないジャンルではありますが、
ちょっとこれ、シリーズにしてもらいたいところです。
いやかなり本気で(笑)

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2008-11-12(Wed) 01:51| 山本一力の世界| トラックバック 1| コメント 1

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