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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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言葉の美しさ-乙川優三郎「武家用心集」

「武家用心集」

乙川優三郎「武家用心集」
(集英社文庫)


第10回中山義秀文学賞を受賞した乙川優三郎の作品集。
乙川優三郎はポスト藤沢周平とも言われている一人です。
たしかにプロットや肌ざわりが似ているところがありますが、
当然のことながらやはり乙川優三郎は乙川優三郎で、藤沢周平ではありません。
いまは亡き藤沢周平の現在進行形を読みたいなどと、ファンなら叶わぬ幻を追い求め、
どこかで似ている作家がいると聞いただけでいそいそと手に取ってみます。
でもどこか違う、これは違うものだと思ってがっかりする。
最後には「なんだ違うじゃねぇか」などと危うく口走ってしまいます。
でもこれはその作家に対する埒もない言いがかり以外のなにものでもありません。
違うのは当たり前ですから(笑)
以前にそんなアホなことを思って、
乙川優三郎を遠ざけてしまった自分に自戒をこめて(笑)
乙川優三郎の特徴は端正な文体もさることながら、
なんといってもその言葉の美しさにあります。
だからといって物語がないがしろにされているわけではありません。
それどころか、むしろ非凡な語り手だと思います。
でもその物語もまず言葉の美しさを捉えるところから始まっているような気がします。
レアな手垢のついていない言葉を、物語の隠された基点とするような、
そういうところがあるんじゃないかと。勝手にそう思いました。
まあそんなに単純ではない気もしますけど、少なくともこの作品集ではそう思いました。

「田蔵田半右衛門」

倉田半右衛門は八年前に、何者かに追われている友人に助勢し、
友人を追っているのが藩の捕吏だったために、罪に問われることに。
半右衛門が捕吏と戦っているうちに当の友人は逃げてしまっていた。
聞けば友人は父親とともに不正を働いていたとのこと。
重科は免れたが、半右衛門は禄を削られ、閑職へと追いやられる。
この事件をきっかけに、自分には関係ないことで捕らえられた半右衛門を
人が麝香鹿(じゃこうじか)を狩るときに、
なぜか飛び出してきて代わりに殺される獣のことになぞらえて、
「田蔵田半右衛門」と呼び、家中で侮るようになった。
以来半右衛門は人づきあいを避け、釣り三昧の日々を送るようになった。
その半右衛門の許に兄が訪れ、
藩の家老である大須賀という人物を暗殺せよという内命を伝える。
藩主の意向であり、上意だという。
半右衛門は断ることが出来なかった。
そこで半右衛門は、大須賀という人物が本当に暗殺に値する奸臣なのか、
その人となりについて知りたいと思い、数少ない友人達を頼んで調査し始める。
だがそこに浮かび上がってきたのは奸臣とはほど遠い男の姿だった。

なかなかいい物語だと思いました。
最後には幸福な結末が待っていますが、
結局窮地に立たされた半右衛門がその窮地をどうしのいだか、
武家用心とは身の処し方の謂いだろうと思います。
武家社会のしきたりとしがらみの中で、盲従せず己で判断する、
その判断の先に何が待っていようが、覚悟のうえ、そういうことだろうと思います。
ところで「田蔵田」は麝香鹿(じゃこうじか)に似た中国の獣(おそらく想像上の動物だと思います)で、
麝香鹿狩りのとき、自ら飛び出してきて殺されるという、
自分に関係のないことで死ぬ愚か者のことですね。転じてそういう真似をする人のことを侮る言葉です。
しかし柳田国男の「たくらた考」のなかに、
昔の日本の村には生まれつき愚かな人を神様のお使いとして大事にする風習があったそうで、
そういう人にあたえる田をたくら田と言ったという話があります。
まずはめでたしの小説の最後、家族で釣りに興じるシーンが出てきますが、
じつに幸福そうで、そういうのも題名の背後にあったんじゃないかと思いますね。

「邯鄲」

津島輔四郎はわずか三十九石の新田普請奉行の添役。
七年前に妻を離縁していまは女中のあまとふたりで暮らしている。
あまは貧農の娘で十四のときに津島家に来て、いまは二十歳である。
来たときはぼろを纏い、
痩せて貧相な娘だったが年ごとに武家のしきたりや料理、言葉遣いも習い覚え、
輔四郎も眩しく思うほどに成長していた。
ふたりは平和に暮らし、そろそろあまを嫁にやらねばと、
輔四郎はぼんやり考えていた。
だが輔四郎にはあまなしの生活は考えられなかった。
そんな輔四郎に上意の内命が下る。
藩の中老を暗殺した忍びの頭領を斬れという命令である。
輔四郎の家は代々剣の流派、津島流を伝える家柄だった。
だが相手は相当に手強く、こちらが命を落とすことは十分に予想できた。
しかし上意とあれば断ることも出来ず、
もし自分が死ねば後に残されるあまの今後も考えなければならなかった。
上意討ちの命が下ったことをあまに告げると、
あまは意外にも一緒に連れて行ってほしいと輔四郎に言う。

邯鄲という言葉は「邯鄲の夢」の故事でも有名ですが、
一方では半透明の美しい姿と鳴き声を持つ、
コオロギの仲間の名前でもあります。
中国では天蛉と呼ぶそうですが、
美しく短命なので非常に儚いイメージがあります。
あまが鈴虫やこおろぎの鳴き声を真似る名手だという文章が出てきます。
このあたりで、邯鄲というのはあまの姿、そう思っていました。
でもラストで物語が意外な方向に動き、
悲劇がやってくるのではないかという予感と共に
上意の内命が下る前の、輔四郎とあまの穏やかな日々、
それこそが「邯鄲の夢」だということではなかったか、
そう思い至ると、この物語がいっそう深まった気がします。

他にも「九月の瓜」「しづれ雪」「うつしみ」も良かったし、
この作品集はほんとうに粒よりの短篇が収録されています。

そのほかの収録作品

「九月の瓜」
「しづれ雪」
「うつしみ」
「向椿山」
「磯波」
「梅雨のなごり」

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2008-10-11(Sat) 19:43| 乙川優三郎の世界| トラックバック 0| コメント 0

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