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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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武士であることの辛酸-乙川優三郎「生きる」

「生きる」

乙川優三郎「生きる」
(文春文庫)


直木賞受賞作「生きる」を含んだ中編集です。
とにかく暗いです(笑)
こんなに暗くて良いのかと思うくらい暗い(笑)
でもどの作品も最後には明るいものが心に差し込んでくる。
なんだか不思議な感じがします。
この読後感はいわく言い難いです。
それぞれの作品、文字通り人が生きることとは何か、
そのためには何が必要なのか、
そのことを深く問いかけてきます。
そしてそれぞれの登場人物の生きる姿勢もさることながら、
どんな生き方にせよ、
人が生きるという意味はその人のものでありながら、
他の個とも分かちがたく共有しているものなのだという単純な真実を、
あらためて気づかされもします。

「生きる」

江戸表にいる藩主、飛騨守は病臥にあり余命幾ばくもなかった。
その飛騨守の恩顧で、石田家は譜代の家臣を差し措き、順調に繁栄してきた。
もし飛騨守が身罷るときは追腹を切らねばならない。
当主である石田又右衛門は国元でそう考えていた。
その又右衛門がある日筆頭家老の梶谷半左衛門に呼びだされる。
呼び出された席には旗奉行の小野寺郡蔵もいた。
家老の用向きは、もし藩主が身罷ったときには追腹をするものが後を絶たなくなる。
それを止めるには追腹禁止のお触れを出すしかない。
ついてはふたりにも協力してほしいと持ちかけた。
もっとも追腹を切りそうなふたりを選んでのことだった。
家老に説得され、ふたりは追腹を切らないことを家老に誓う。
だが藩主が亡くなると、追腹をする者が絶えなかった。
あれほど亡き藩主に目をかけてもらって、なぜ追腹を切らないのか、
希代の臆病者だと周囲に白眼視されても、
又右衛門は家老に誓った以上追腹を切ることが出来ない。
そのうち娘婿までが追腹を切る。
又右衛門は死ぬより過酷な生き様を強いられ、茨の日々が続く。

追腹というのは亡くなった藩主の後を追って切腹すること。
つまり殉死です。
寛永三年に追腹の禁止が幕府から出されるまで、
当たり前のように行われ、追腹が多いのは人望の高さとされていました。
戦国の世の名残、そういう風習です。
この追腹を題材とした森鴎外の傑作「阿部一族」はあまりにも有名です。
追腹を切ることを藩主から許されなかった肥後藩阿部一族が、
女子供まで道連れにしながら、
その恥辱をそそぐために藩に刃向かい、
壮烈に滅んでいく小説でした。
でもこの小説の又右衛門は、
阿部一族のように華々しく死ぬことも出来ず、
周囲の蔑視に耐えながら生き続けます。
夫を追腹で失ったことで精神に異常をきたす娘。
娘の婚家からは義絶され、
家が受ける恥辱に耐えかね切腹するまだ若い長男。
ついには心の支えだった妻にまで先立たれる。
それでも又右衛門は黙々と生きていきます。
死ぬより辛い生です。
途中でポキリと折れてしまってもおかしくない。
そんな生を営々と生き続ける又右衛門。
なにが又右衛門をそうさせるのでしょう。
約束した以上二言は無いとする武士の意地でしょうか。
そうであれば意地を貫いて生きる先に見えるものは何か?
読者も迷う感じです。
最後にある光景に出会い、
年老いた又右衛門が身も世もなくオロオロと泣き出す場面は、
背負った重い生と、一条の光が交錯する印象的な一節でした。
人が生きる、ということを深く考えさせられる作品です。

「安穏河原」

羽生素平は誇り高く清廉な武士だった。
国が飢饉に遭ったとき郡奉行の役職にあった。
窮した藩は年貢の代わりに金を差し出す無尽講の策を打ち出す。
百姓の難儀を見過ごすことの出来なかった素平はこれに反対し、
意見書を出したが受け入れられず、職を辞して国を出る。
そして江戸に来た。
自分のような武士ならいつかは仕官できると信じていた。
しかし容易に仕官の口は無く、
人足などして糊口を凌ぐのが精一杯の生活だった。
そして江戸に来て八年目、 妻が発病して一家はどん底に落ちる。
ついに素平は一人娘双枝を女郎に売る。
若い浪人者織之助は、
せめてまともな客を世話してやりたいと素平に金を渡され、
時々双絵の娼楼に上がっていた。
その双枝は躾の厳しかった父の言いつけを守り、
女郎に身を落としても、卑しい態度は微塵も見せない、
志の高い娘だった。
喰うためには何でもやってきた織之助にとって、
そんな双枝は日増しに気がかりな存在になっていく。

悲運な生を甘んじて受け、そのなかでも矜持を保ち続ける双枝。
武家の娘の誇りの拠り所、その心象にあるものは、
まだ家族が国元で幸福に暮らしていたときに行った紅葉狩り。
その河原での思い出を冒頭で織之助に語ります。
そんな双枝の存在が気に掛かるものの、
誇り高き者が現実の汚辱にまみれてのち、
なおかつ崇高に生きていくことなど出来はしない。
織之助はそう思っているフシがあります。
そして父親の素平に対しても苛立ちと蔑視を隠せない。
物語はそういう親娘に付き合っている織之助の視線で描かれます。
それにしてもため息が出るほどつらい作品でした。
じつのところいったん途中で投げ出したほどです(笑)
誇り高き武家の娘が女郎に身を落とし、
それでも毅然として生きていく。
こんな酷い話があるのか、そう思うから先に読み進めない。
そんな感じでした。
でも最後まで読むと、なぜか妙に心が安らぐのです。
素平は割腹し、双枝は岡場所の町が水害にあったとき行方不明になります。
何年か後に商人となって成功した織之助が、
ある町で小さな女の子に出会います。
双枝に面影が似ている。
近所の者に聞くと夜鷹の娘だという。
心動かされた織之助は、
ひもじそうな娘に団子を買ってやります。
そのとき「おなか、いっぱい」と娘は答えて断ります。
それはまさしく双枝の言葉と同じでした。
素平は娘に人に食べ物を恵まれたときは、
「おなか、いっぱい」と答えるようにと躾けたのです。
でも双枝らしきその娘の母親は死んでいました。
最後にふたりで河原に佇みます。
あの紅葉狩りの河原のように。

今回はなんだかとことんネタバレになってしまった感じです(笑)
でもこれでも語り尽くせない何かが残っているような気がします。
いわく言い難い。
でも不思議な暗い魅力を放ち続ける。
もしかしたら希有な作品集かもしれません。

そのほかの収録作品

「早梅記」

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2008-11-30(Sun) 00:58| 乙川優三郎の世界| トラックバック 0| コメント 1

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2008-12-01(Mon) 12:03 | | #[ 編集]

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