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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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望郷と人情-宇江佐真理「憂き世店-松前藩士物語」

「憂き世店-松前藩士物語」

宇江佐真理「憂き世店-松前藩士物語」
(朝日文庫)


2007年に出版された宇江佐真理の長編小説。
藩の移封でリストラされた夫婦の十五年にわたる江戸の長屋暮らしを、
周囲の人々との悲喜交々の交遊のなかに描いた作品です。
曇天の雲間から時折差し込む陽光のように、
江戸の町並みに差し掛かる、はるか北の松前の風景。
望郷の思いが暗路の灯りのように、過ぎ行く歳月を鈍く照らし出し、
その歳月もまた忘れられない人情に彩られています。
望郷と人情が歳月のなかに切々と交錯し、
小説全体がなにか明るい哀しみのようなものに満ちている。
そんな感じです。
それがこの小説を普通の長屋人情ものから、
一味違ったものにしているのかも知れません。
表題の憂き世とはもともと「辛いことの多い世の中」といった言葉ですが、
転じて「はかなき世の中」になり、
最後には「はかなければいっそ浮かれて暮らそう」という浮世になります。

文化四年。
藩主松前道広が長男章広に家督を譲ったにも関わらず、
いまだに藩政を牛耳っているとの咎で、
蝦夷松前藩は幕府より陸奥国の梁川へ移封を命じられる。
石高も九千石に削られ、大勢の家臣の召し放ちを余儀なくされた。
江戸詰であった鷹部屋席の相良総八郎もその一人だった。
総八郎は召し放ち後、郷里とも音信普通となる。
妻のなみは梁川に移った実家にいったん戻されたものの、
執拗な兄嫁のいびりに耐えられなくなり、
総八郎に会いたい一心で江戸に出る。
何の当てもなかったなみは、人通りが多いとされる浅草寺雷門の前に立ち続け、七日目、奇跡的に総八郎と再会する。
浪人となった総八郎は神田三河町の長屋、徳兵衛店に住み、
内職でやっと生計を立てていた。
徳兵衛店に連れてこられたなみと、
松前藩への帰参を願う総八郎の苦闘の日々が始まる。

この蝦夷松前藩の移封というのは、
実際に起こった幕末に近いころのお話です。
背景にはロシアの脅威がありました。
この頃北海道にはたびたびロシアの船が訪れ
(大黒屋光太夫がロシアから帰還したのもこの頃)
幕府は松前藩では対応が頼りないということで、
松前藩を幕府直轄にし、北方防衛に力を入れたい。
藩主への難癖はそのためだろうと思われます。
十五年後に元の地へ帰封となりましたが、こういうのはかなり珍しいケース。
移封時は相当数の家臣召し放ちはあったに違いなく、
リストラ家臣たちのその後の人生は、いかばかりであったかと思います。
物語はなみを中心に、
夫の総八郎と徳兵衛店を仕切る口が悪いが世話好きのお米、
なぜか長屋内で嫌われているおもん、
長屋のおかみさんたちとその亭主連中。
近所の小間物屋の息子のとん七や、皆が集まる居酒屋の親爺。
そして同じように召し放ちになった総八郎の仲間たち。
こういった人たちの泣き笑いの十五年の歳月が綴られていきます。
なかでもお米ととん七は夫婦の人生になくてはならない人となります。
お米は総八郎となみ夫婦に出来た女の子、友江を孫のように可愛がり、
友江もまたお米おばあちゃんといって祖母同然になつく。
友江は成長するにしたがって、長屋全体をひとつの家のように感じ、
どこの家にも出入り自由な子供として可愛がられる。
こういうこと、昔は普通にありました(笑)
それで共同体というものを学び、自分のポジションも学んだ。
ある意味日本というのはとてもいい風土だったんですが、
残念ながらそういう光景はもう何処にも見当りません。
登場人物の中で特筆すべきはとん七です。
とん七はユーモラスだけど、少年のようにピュアな心の持ち主です。
もとからすこし知的障害者気味でもある。
それが酒の飲み過ぎで中風になり、手足に障害が残っている。
ろれつもうまく回らない。それでも懲りずに酒好きは直らない。
周囲もしょうがないな、と半ば諦め顔です(笑)
35歳になっても未だ独身で、姉夫婦の厄介になっているとん七。
でもお米は息子のように接し、長屋の人間も暖かく見守っています。
夫婦に出来た友江を可愛がり、子守はもちろんのこと、
友江のためだったらもうなんでもやる(笑)
その健気で無私の心根は、
最後にある事件で友江を守って命を落とすことにつながりますが、
とん七というこの人物像、読むものの心に鮮明に焼きつきます。
いや近頃読んだ小説のなかでは忘れがたい出色の人物でしたね(笑)
切なくも日々を生き抜き、貧苦のなかで生まれた子供もやがて成長する。
そして一家を見守る長屋の住人たちとの哀歓の日々のなかで、
藩の帰封を待ちわび、そして諦めかけ、それでもまた望みをつなぐ。
小説は彼らに流れる歳月を、その後とか、十年後とかやらず、
時間軸に沿って丹念に描き出します。
小説の中で歳月が少しずつ流れていく感覚、それがすごくいいのです。
最後に帰参が叶い、故郷に戻ることになった一家。
成長した友江に故郷の野山を指差しながら、
その名前をひとつひとつ教えていくなみを想像します。
一家の歳月を追ってきた読者は、あれからここまで歳月が流れたという感慨を、なみと共有するような気持ちになると思います。
ちょっと沁みた、いい長編小説でした。

余談ですがとん七は映画「たそがれ清兵衛」で下男の役を演じた怪優、
神戸浩をかなり彷彿とさせます。
なぜか(笑)

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2008-12-27(Sat) 02:08| 宇江佐真理の世界| トラックバック 0| コメント 0

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