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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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春はまだとて梅咲きぬ-山本一力「梅咲きぬ」

「梅咲きぬ」

山本一力「梅咲きぬ」
(文春文庫)


今年初めての山本一力。
正月ならずとも目出度さが良く似合う作家です(笑)
今回読んだのは「梅咲きぬ」
凛として強く、そして美しい。
そんな二代にわたる江戸深川の女を描いた長編です。
山本一力の江戸を舞台にした作品には、
必ずといっていいほど登場する江戸深川門前仲町の老舗料亭江戸屋。
山本一力のファンだったら、
店構えも、その広さもよく承知しているかもしれませんね。
とりあえず料亭江戸屋は山本一力の深川賛歌の象徴みたいな存在。
その江戸屋の女将は代々「秀弥」という名前を受継ぎます。
この度の主人公は三代目と四代目秀弥。
四代目秀弥は「損料屋喜八郎始末控え」に出てくる喜八郎の恋人、
江戸屋の女将秀弥と同時代なんですが、同一人物と思いきや、
この小説には喜八郎のキの字も出てきません。残念ながら(笑)
この作品、デビュー作「損料屋喜八郎」シリーズの、
スピンオフ作品として位置づけることも出来そうですけれど、
この小説以降の料亭江戸屋と女将「秀弥」の山本一力作品への露出度は
ハンパじゃありません。
そのあたりから考えても、
秀弥が主役の「梅咲きぬ」が一巻の本として出てきたのちは、
山本深川小宇宙の中心惑星は江戸屋であり、秀弥であって、
他の深川の星たちこそがスピンオフである、
ということも言えそうです(笑)
まずはじめに江戸屋と秀弥ありき。
山本一力はこの「梅咲きぬ」を
「わが思い入れ最高の作品」と言ってるらしいですから、
当たらずとも遠からずかな(笑)

江戸深川富岡八幡宮の本祭は三年に一度。
その本祭の前日、
氏子総代を務める料亭江戸屋の四代目女将秀弥は、
境内の飾りつけの仕上がりを見に来ていた。
秀弥は遠い昔、母である三代目秀弥とともに、
やはりこの本祭の前日の境内に来たことを思い起こしていた。
秀弥は玉枝と呼ばれ、まだ六歳だった。
そのときの母の美しさを秀弥は今でも忘れない。
玉枝は生まれながらに料亭江戸屋を継ぐ運命。
その玉枝に母の三代目秀弥は厳しい修練を課した。
六歳になった玉枝は、
踊りの師匠山村春雅のもとに稽古に行くことになる。
深川の芸妓たちに混じり、修業を始めた玉枝。
江戸屋の跡取り娘だが、
一番下の弟子である玉枝に、
芸妓たちは遠慮無く用事を言いつける。
広い稽古場の拭き掃除もひとりでこなさなければならなかった。
雛祭りも祝ってもらえず、なぜあたしだけがこんな目に……
玉枝はひとり泣くこともあった。
そんな玉枝に春雅は「つらいときは思い切り泣いたらええ、だが自分をあわれんではあきまへん」そう言って諭すのだった。
幼いながらも春雅の言葉に励まされる玉枝は、
それからの日々を懸命に耐える。

この小説、いわゆる成長小説のひとつなんでしょうね。
三代目秀弥が自分の娘である玉枝に、
江戸に名だたる料亭を背負っていけるよう、
英才教育をほどこしていく。
幼い玉枝は健気にも歯を食いしばって母の期待に応え、
自分でもその器量を開花させていく。
そういう玉枝の成長過程をたどるのが、
この小説の楽しみの部分です。
そして重要な存在が踊りの師匠である春雅と、その連れ合いである福松。
二人ともご老体ですから、玉枝にとっては祖父母のような具合になります。
母の三代目秀弥の養育を補うかたちで、
芸をきわめた春雅の厳しさと思いやり、
物事の見極めに秀でた、名人気質の福松の愛情が玉枝に注がれます。
そしてそんな母娘を深川衆の人情と心意気が優しく包みます。
主筋は玉枝の成長物語ですが、
料亭専門に徒党を組んで、
ゆすりたかりを重ねる悪党たちに江戸屋が狙いをつけられ、
玉枝の機転でそれを見抜くと、
母三代目秀弥が深川の肝煎衆や町内鳶たちの協力のもとに、
敢然と立ち向かう。
それこそ胸のすく、なかなかな場面もあります。
挫折もなしの玉枝はちょっと出来過ぎ。
そんな感じもしますが、
江戸深川に凛然と生きた女たち。
山本周五郎に「日本婦道記」という作品集があります。
貞淑で、強き日本の母、女性のモデルは、
おそらくここから生まれたと思うのですが、
強く美しい二代にわたる江戸の女を描いて「梅咲きぬ」
これはこれで山本一力なりの「婦道記」なのかも知れません。
力の入った良い小説です。

ところでこの小説、江戸思草に沿って書かれているように思います。
気づく人は気づいているでしょうが(笑)
江戸思草とは江戸商人たちが練り上げた生活哲学であり、
行動の規範だったとされているものです。
繁盛しぐさ、商人しぐさともいわれています。
その江戸思草の子供の養育方針がこれ。
「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理(ことわり)で末決まる」
三歳までに素直な心を持たせ。
六歳になると振舞いに節度をもたせる躾をし、
九歳ではきちんとした挨拶ができるよう正しい言葉遣いを覚えさせ、
十二歳では正しい文章が書けるようにさせ、
十五歳にもなると世の中の仕組みや物事の是非が分かるようにしなければならない。
ということなんですが、
玉枝は六歳で踊りの修業に出され、
九歳で母と一緒に新年のあいさつ回りを始める。
そしてわずか十五歳で四代目秀弥になり、
母の死ですぐに老舗料亭江戸屋を背負うことになります。
玉枝に訪れる節目はこれにだいたい符合します。
評判の「江戸しぐさ」のしぐさはもとは思草と書いて、
思いと行動のことですね。その合致が重要です。
傘を差してすれ違う時は、
相手に雨水が掛からないよう傘を外側に傾ける「傘かしげ」
これなどは有名な江戸しぐさ。
他人への思いやりが基本です。
まあこれは江戸商人というより、
江戸に暮らす町人全体の基本思想じゃなかったかと思います。
江戸は初期の頃から他国からどんどん人が流入してきて、
ついには百万都市になったわけですから、新参者ばっかり(笑)
幕府は知らん顔で町方の自治に委せていたところもありますから、
町人同士の摩擦や軋轢には自分たちで対処するしかない。
隣同士仲良く生きていく、
その共生の思想がなければ自治は崩壊するしかない。
他人に対する思いやりを持つことなしには、
暮らせなかったと思います。
人にあっては思いやり、我にあっては足るを知る。
ま、現在はもっとそれが必要な時代でしょうね。
なかなか出来ませんが(笑)

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2009-01-17(Sat) 16:57| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 0

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