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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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浪人という人生-藤沢周平「竹光始末」

「竹光始末」
藤沢周平「竹光始末」
(新潮文庫)


さて今回は「竹光始末」です。
映画「たそがれ清兵衛」の原作のひとつ
「竹光始末」が収められている短編集です。
「竹光始末」が使われているのは、映画のラスト近く、
清兵衛が上意討ちに行くクライマックスの部分です。
田中泯が鬼気迫る怪演を見せた余呉善右衛門はこの短編に登場します。
豹変一発、あの「せいべぇーっ」が怖かったですね(笑)
この作品集は藤沢周平が「暗殺の年輪」で直木賞を受賞した後、
勤務していた会社を辞めてからの2年間に書かれた作品が集められています。
筆一本の生活に入った直後ですから、売れる面白い小説を書くために、
初期作風からの脱皮が試みられている作品群、ということが言えそうです。
藤沢周平の初期作風はストーリーは暗く重く、結末もたいていが悲劇(笑)
自分自身でもこれを負のロマンと呼ぶくらいでした。
幅広い読者層からはとうてい受容されそうにない。
そこで作風を少しずつ変えていったのではないか。
短編なんかにも見て取れるように、ストーリーテリングとしては言うことなし。
日本人の深奥に訴えかける見事な情景描写。
そしてそこから生まれる上質の叙情性。
それらのうえに、
今度はそこはかとないユーモアをちりばめていくことを始めていった。
人物造形の点でもユーモラスなキャラを創造していく。
そういう変化の時期だろうと思います。
この直後に名作「用心棒日月抄」が書かれ始めるんですが、
あの作品、全編どことなくユーモラスです。
この作品集には「用心棒日月抄」の原型のイメージが、
そこかしこに潜んでいる感じがします。

「竹光始末」

ある日、海坂の城に柘植八郎左衛門を尋ねて、
みすぼらしい風体をした浪人一家が現れた。
浪人は小黒丹十郎と名乗った。
門番が柘植は城で物頭を勤めていると告げると、小躍りする一家。
聞けば新規召し抱えのためにやって来たと言う。
門番は訝しげに場内にある柘植の役宅を教える。
柘植の家に来た浪人一家。
海坂藩で新規召し抱えがあると聞き、
周旋状を持って柘植八郎左衛門殿を尋ねてきたと口上する小黒。
応対に出た柘植の妻は柘植の留守を告げた。
小黒の顔はそれを聞いたとたん、泣きそうに歪む。
素性卑しからぬ小黒と、後ろに控える美しい年若き妻。
そして粗末な衣服を着ても恥じる様子のない、
利発そうなまだ幼い姉妹を見て同情が湧く。
柘植の妻は主にはきっと伝えるので、
それまで城下の宿で待っていてほしいと言い、
少しの古着と、一家の風体を怪しんでいざこざが起こらぬよう、
門番への書き付けを渡した。
柘植八郎左衛門は家に帰ってくると、
妻から小黒一家の来訪を告げられるが、
新規召し抱えのことを聞いて驚き、そして渋い顔をする。
海坂藩の新規召し抱えは、一ヶ月も前に終わっていたのだった。

長い浪人生活の苦節を生き延び、
やっと仕官が叶うと勇んでやってきたが、
締切はとっくに過ぎていた(笑)
遅れてきた浪人一家(笑)
あまりの間の悪さ。もうこれだけでかなり切ない。
家族を飢えさせないために頑張り続け、
そしてどんなときにも武士としての矜恃を忘れない男と、
その彼に全幅の信頼を置いている家族。
そのつながりの暖かさと、家族の切なさが伝わってくる作品です。
丹十郎と家族が海坂の城を訪ねてきて、
城の門番から柘植八郎左衛門が物頭だと聞かされると、
小黒丹十郎が家族に向かって
「聞いたか、物頭をなさっておられる」と言うと、
若い妻と子供たちが手を握りあい、子供たちは足を弾ませる。
自分たちが頼りにしようとしている人間が、
地位の高い人間であることを喜ぶ小黒の気持ちを、
我がことのように喜ぶ幼い子供たち。
こういう姿を描くことで、
何でもない情景がすごく奥行きのあるものに感じられます。
浪々の長い旅路。どんな思いでここにたどり着いたか、
この家族の切なさが見事に見え隠れする場面です。
本当にうまいですね。こういうとこ(笑)

「遠方より来たる」

三崎甚平は海坂藩の足軽だった。
もとは六十石取りの侍だったが、
浪人の末、身分を落として海坂藩に足軽として仕官した。
妻子も出来て、城の門番として貧しいが平穏な日々を送っていた。
その甚平の足軽長屋に、ある日曽我平九郎なる人物が訪ねてくる。
豪放に再会を喜ぶ平九郎。
ひげ面の大男で、みれば垢じみた浪人の姿。
たが平九郎の顔に覚えの無かった甚平はとまどう。
そして記憶を呼び起こし、やっと思い出す。
大坂冬の陣で、たった一度出会った人物だった。
曽我平九郎は百石取りの侍だった。
足軽でも構わないから仕官を世話してくれと、
甚平に頼み、平九郎はその日から狭い足軽長屋に居候を始める。
だが大飯食らいで、遠慮のない平九郎に、
甚平の女房好江はだんだんと不満を募らせ始める。
平九郎の無遠慮と好江の不満に挟まれながら、
平九郎のために奔走する甚平だったが……

この作品の魅力は、なんといっても曽我平九郎という男のダメぶりと、
その平九郎に振り回されて右往左往する甚平と、
勝ち気に家を切り盛りする甚平の女房の好江とのやりとり、
その妙にあります(笑)
平九郎は豪放磊落、腕っ節もかなりありそうに見せて、
じつは虫も殺せぬ大変な臆病者。
ハリボテの虎もいいとこ、みたいな男です(笑)
でも最後は人としての筋はきっちり通す、
という愛すべき人物として描かれます。
この平九郎は後の「用心棒日月抄」で主人公の相棒、
ひげ面の大男で、子だくさんの浪人細谷源太夫にとても似ています。
おそらくモデルではないかと思うのですが、どうでしょう。
ま、細谷源太夫のほうは、
ハリボテの虎というわけではありませんが(笑)

「竹光始末」や「遠方より来たる」は似たような世界として、
山本周五郎の「雨あがる」なんかを連想する方がいるかも知れません。
剣術の達人ながら、あまりの人の好さが災いして、
長く浪々の身をかこつ三沢伊兵衛。
そしてそんな伊兵衛を明るく支える妻のたよ。
ことに「竹光始末」はなんとなく世界が似ています。
どちらも仕官を成し遂げたい男と、それを支える家族の物語。
較べて読んでみるのも面白いかもしれません。
昨今の大不況は多くの失業者を増やし続けていますが、
江戸時代の初期も大名の改易や移封の連発で、大量の浪人が溢れ出て、
主家を求めて全国をさまよったといいます。
原因は違うにしてもリストラを余儀なくされ、
働き先を求める現代の勤め人と、なんら変わることはありません。
「竹光始末」や「雨あがる」を読んでいると、
いつの時代でも、浪人であれリストラ労働者であれ、
次なる希望を支えるのは家族だという気がしてなりません。

そのほかの収録作品

「恐妻の剣」
「石を抱く」
「冬の終わりに」
「乱心」

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2009-02-07(Sat) 19:35| 藤沢周平の世界| トラックバック 0| コメント 0

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