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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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士魂、商才にあらねども-乙川優三郎「霧の橋」

「霧の橋」


(講談社文庫)


乙川優三郎の1997年のデビュー作です。
第七回時代小説大賞を受賞した長編。
事実上この小説が乙川優三郎のその後を決定づけたといっていいでしょう。
丁寧かつしなやかな描写と、エピローグから終章までの物語の構造。
どれをとってもじつに清新、かつ重厚なデビュー作です。
今までずっと乙川優三郎を読んできて、
やっとデビュー作にたどりついたのですが、
現在から見るとデビュー作ですから、だいぶ綻びも見えそうなはずなんです。
でも緊迫感のある筆運びに一気に読まさせられ、
ことに鮮やかなラストで涙ぐんでしまうと、
少々の瑕瑾は、まあいいか、
こんなに泣かせるんだからと思ってしまったのでした(笑)
乙川優三郎の小説は暗く重い。
だからこそ結末にはきっと一条の優しく明るい光が差してくる。
そういう方程式はやはりデビュー作からあったんですね。
しかしラストに決まって心むせる感動を用意するというのは、
生半可な技量ではありません。
この小説、経済小説であり、士道小説であり、夫婦愛の小説でもある。
まことに欲張りな、そしてそれを苦もなく実現した小説だといえそうです。

浅草田原町に店を構える紅屋惣兵衛は、
もとは江坂与惣次という名前で元一関藩の武士であった。
十六年前に父を殺され、足の悪い兄に代わって仇討ちの旅に出た。
10年の間仇を求めてさまよい、
辛苦の末、やっと仇を討ち取って帰参すれば、
兄は公金横領の罪で切腹した後だった。
与惣次もすぐさま領外追放となった。
江戸に来た与惣次は、
乱暴されそうになっていた浅草の紅屋のひとり娘おいとを助ける。
紅屋の主人である清右衛門は与惣次をすっかり気に入り、
婿養子にと請うた。
食い詰めていた与惣次は考えたあげくに武士を捨て、
おいとと夫婦になって店を継ぐ。
清右衛門の死後、小商いだが順調に来ていた紅屋。
しかしそこに日本橋の勝田屋から、
紅を一手に卸さないかという話が舞い込む。
その話の裏に大店の陰謀を嗅ぎとった惣兵衛は……

この小説の驚くところは第1章が与惣次の父、
江坂惣兵衛が知友林房之助の手にかかり、殺される顛末について、
まるで独立した一遍の短編のごとく書かれていることです。
導入部としては破格の力編です。
非常に良く出来ていて、これだけでも十分に小説として成立すると思います。
もしかしたら、これだけの長編に膨らむ前の、
タネのような小説だったのではないでしょうか。
まずこの顛末が最初に小説として書かれた。
それを発酵させ、後ろに繋がる紅屋惣兵衛の話を書き継いだ。
そんな感じもします。
それゆえか、
この父惣兵衛の死の顛末は小説全体の大きな伏線になっていて、
父の死の顛末を受容するか、しないか、
与惣次が紅屋惣兵衛として、真実武士を捨て、
果たして商人として生きていけるか、
自身に問う試金石のような役目を果たしています。
つまりこのことがなければ、仇討ちに出ることもなく、
兄もまた公金横領などということにはならなかった。
江坂家の、そして与惣次の人生の歯車が狂いはじめた大きなきっかけ。
またおいとと夫婦になり、紅屋を継いだことも、
惣兵衛の人生、その波乱の出発点はすべてここにあります。
人の人生とは不思議なものです。
そのときその場で最善の選択をしながら生きている。
そうは思っていても、気がつくと思いもかけない場所に出ている。
果てしもなく遠くに来た、という感慨があるかも知れません。
来たかったのはこんな場所ではない、そう思うかも知れません。
紅屋惣兵衛は来たかった道ではなかったが、
大店の陰謀に対して、妻のおいとと、
そして惣兵衛を助けて懸命に働く店の者たち、
今ある平和でつましい日常を懸命に守ろうとします。
これはとても良くわかります。
なんか大きな会社に食い潰されそうになって、
懸命に守り抜こうとしている中小企業。
そんなイメージが重なります。
そして妻のおいと。
武士であったがゆえの思慮や所作、
そして刀を持つ武士という根源的な冷酷さ、
ともすればそんなものを見せがちな惣兵衛との心の隔たりに、
おいとは悩みます。
そして惣兵衛も。
心底かけがえのない人だと感じつつ、すれ違っていくふたりの心の動きを、
この小説はとても巧みに描いています。

父の死の部分は士道小説、大店との死闘は経済小説。
そして妻のおいととの部分が夫婦愛。
この3つが絡み、まるで入れ子構造のような小説になっていて、
でも決して複雑ではない。
そのどれもがこの小説になくてはならない要素になっています。
良く出来た小説です。
最後の霧の橋で、果たし討ちに行き、何もかも受け入れ、そして許し、
橋から引き返す惣兵衛の前に、
霧の中から浮かび上がってくる女の姿が見えます。
隠してあった刀を持ち、意を決して朝早くから出掛けた惣兵衛を心配し、
追いかけてきた、寝間着姿で裸足のおいとでした。
この場面はずっと感情移入してきた読者にとっては、
不意打ちのような、
それでいて温かい涙を誘います。
士魂も商才もただ己が身一つ。
そのふたつがおだやかに融和してこそ、
惣兵衛の真実の生が始まるのでしょうね、きっと。

余談ですがこの小説、なんとなく藤沢周平の「海鳴り」を思い起こしました。
個人的にはとても好きな小説です。
内容は違いますが同じ商人の物語。
読み比べてみるのもいいかも知れません。

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2009-02-12(Thu) 00:34| 乙川優三郎の世界| トラックバック 0| コメント 1

コメント

はじめまして♪

時々来ています。♪♪
乙川さん いいですよね^^
隠れ時代小説ファンです。♪

霧の橋、きちじ(漢字忘れました)、椿山
読んでいます。♪
最近ちょっと読んでいませんが、、、、
また なにか読みたい今日この頃です。♪

2009-04-18(Sat) 23:49 | URL | whitypearl #-[ 編集]

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