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時代小説、映画、JAZZ、それらを大人の楽しみとして愛でること。雨の夜の鴉のごとく、耳鳴りとともに日々の悪夢に苛まれつつも。

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お江戸の家族力-山本一力「だいこん」

「だいこん」
山本一力「だいこん」
(光文社文庫)


「あかね空」で直木賞を受賞した2002年から「小説宝石」に連載され、
2005年に刊行された作品です。
父親の賭場での借金が原因で、貧乏を余儀なくされたひとりの少女が、
持ち前の知恵と才覚で一膳飯屋を開業し、
一家をまとめて商いの華を大きく咲かせていく江戸版細腕繁盛記。
同年の後半に「梅咲きぬ」が刊行されていますが、
これも老舗料亭に生まれたひとりの少女が、
母親の厳しい英才教育に歯を食いしばって耐え、
己れの器量を大きく開花させていく物語でした。
どちらも人情成長小説のジャンル(そう勝手に名づけてます(笑))
山本一力作品の中で、女性が主人公の小説では双璧かも知れません。
決定的に違うのは、山本一力言うところの家族力かな。
題名の「だいこん」も妙題です。
例えば「花だいこん」とか「だいこんの花」なんてつけがちですが、
まんまの「だいこん」真っ白で気取りなく、まさしく家族の味です。
江戸は深川が小説の舞台となる場合が多い山本一力作品。
でも今回は違って、
浅草方面から墨田川を本所へ渡る吾妻橋周辺が舞台となっています。

つばきは深川の木場跡に新しい一膳飯屋「だいこん」を普請していた。
浅草で一膳飯屋「だいこん」を立ち上げ、成功させたつばき。
大きくなった「だいこん」はいつしか酒を出す店になっていた。
店の常連客である豊国屋木左衛門に、
「昼間の店を成功させてこそ本物の商人だ」と言われ、
商人としての証し、そして意地を示すため、
「だいこん」を人に譲り、昼間の一膳飯屋だけで商いを成功させるため、
深川へとやってきたのだった。
そんなつばきにある日深川の地廻りの若い渡世人が訪ねて来る。
地元の顔役、閻魔堂の弐蔵が顔を貸せと言ってきたのだった。
臆すことなく出かけたつばきだが、弐蔵の顔を見て驚く。
弐蔵はその昔つばきの父親安治を賭場に誘った伸助だった。
賭場で十両の借金を背負い込んだ安治に、
容赦ない取立てを行い、一家を貧乏暮らしに追い詰めた張本人だった。
つばきは弐蔵の顔を見ながら、
一家の歳月に起こった様々な出来事を思い起こしていた。

わずか17歳で一膳飯屋「だいこん」を開業し、
天才的な飯炊きの才や確かな味覚、そして洞察力とアイデアを駆使して、
「だいこん」を人気店に押し上げていくつばきの物語です。
「だいこん」は今ならいわばバイキング風の一膳飯屋です。
それを採算の取れるものに仕上げていくつばきの手腕。
そして何よりも客を第一とする考え。
それが客が店をとても大事にすることに繋がり、
人が人を呼び、人気店として不動のものになっていく。
小説「だいこん」は小気味よい経済小説の趣があります。
でも忘れてはならないのは、ひとりの少女の細腕繁盛記であると共に、
結束して困難をひとつずつ乗り越えていく家族の物語でもあるということですね。
「梅咲きぬ」は老舗料亭を守るため、
厳しい修行に跡取り娘である玉枝が耐えていく。
守られるべきしきたりと約束事のなかにも、
常に江戸の先端を目指す若き女将が主役でした。
そのためか一種の芸道小説のような趣があります。
家族の影がとても薄い。
父親はいませんしね。
「だいこん」は家族の存在がとても色濃い。
とりわけ父親の存在が大きいですね。
酒と博打にだらしないが、職人としては知恵と技に長けた腕のいい大工。
人間臭い江戸の職人像と父親像がうまくクロスしています。
たまに家族を泣かすけど、己の過失は己でどこまでも背負い、
家族を守って奮闘する父親。
つばきの商才の開花を促すかたちで、
家族はこの父親の安治を中心にして結束し、
困難を乗り切っていきます。
父親像の消失が言われだして久しい昨今ですが、
本当にこういう父親はもう居ないのでしょうか。
ま、自分のことは棚に上げてですが(笑)

ところでこの「だいこん」
時代考証が不正確であるとよく言われています。
江戸三大大火のひとつ、
明和九年二月(1772)に起きた目黒行人坂の大火。
少女つばきが天才的な飯炊きの才を発揮するのは、
この大火の炊き出しでした。
江戸っ子は明和九年は「めいわくな年だった」
なんてシャレのめしていますが(笑)
大規模な火災で死者も相当な数に上りました。
この火事は放火が原因。
で、その犯人を捕まえたのが、
かの鬼平こと長谷川平蔵の父親、
火付盗賊改長官である長谷川宣雄でした。
ま、こんな話はどうでもいいんですが(笑)
つばきはこのときに認められ、吾妻橋たもとの火の見櫓に、
母親と共に飯炊きとして雇われます。
で、ここが問題(笑)
じつは吾妻橋が完成したのは、
目黒行人坂の大火の2年後、1774年なんです(笑)
小説ではつばきが三歳のときにはもう吾妻橋はありますから、
ずいぶん前に完成していたことになります。
時代考証をうるさく言う人は気になるでしょうね。
物語(嘘)なんだから、いいじゃないという人と、
いや物語だからこそ、そういうところで違うと根こそぎダメなんだという人、
様々だと思います。
個人的には目くじら立てるほどじゃないと思ってますが、
山本一力は「銭売り賽三」でも同じように、
吾妻橋を実際の時代より早く架けてますから、
これはもう吾妻橋に関しては、
うっかりというより確信犯ではないかと、
そう思ってます(笑)

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2009-02-24(Tue) 18:29| 山本一力の世界| トラックバック 0| コメント 1

泣き銀はツインピークス-宇江佐真理「泣きの銀次」

「泣きの銀次」

(講談社文庫)


宇江佐真理のデビュー作は「幻の声―髪結い伊三次捕物余話」
これで直木賞候補になり、
宇江佐真理は一躍時代小説の新たな書き手として注目を集めたわけです。
で、この「泣きの銀次」は宇江佐真理の長編2作目の作品。
この小説の成り立ちについては、
「泣きの銀次を書いた頃」というエッセーで宇江佐真理自身が語っています。
なんと宇江佐真理はこの「泣きの銀次」で作家デビューを目論んでいたそうです。
少なくとも「髪結い伊三次」よりは前の作品。
当然伊三次シリーズに与えた影響は大でしょうね。
この小説の魅力はなんといっても銀次という岡っ引きの設定です。
大店の小間物問屋の跡取りでありながら、
妹の死をきっかけに十手持ちとなった変り種。
この男には極めつけの奇癖があります。
それは死体を見れば、なぜかところ構わず大泣きしてしまうこと(笑)
「泣きの銀次」というありがたくない綽名を頂戴しています。
でも韋駄天走りであり、剣を取ったら馬庭念流の遣い手。
「地蔵橋の泣き銀」と呼ばれるほどの腕っこきです。
このネーミングがカッコイイですね(笑)
やはり人物設定が秀逸。

大店の小間物問屋「坂本屋」の跡継ぎであった銀次。
ある日妹のお菊が習い事の帰りに暴漢に襲われて殺される。
銀次はお菊の死体の前に身も世もなく泣きじゃくった。
そして自分の手でお菊を殺した下手人を挙げると心に決め、
事件を担当していた定回り同心の表勘兵衛の小者になり、
岡っ引きとしての道を歩むことに。
それから十年。
銀次は今でも死体を見たら泣きじゃくる。
「泣きの銀次」というありがたくない綽名も頂戴している。
だがそんな銀次を、あれが「地蔵橋の泣き銀」と、人は二つ名で呼ぶ。
腕っこきの岡っ引きとなった銀次。
相変わらずお菊殺しを追っている。
お菊の事件の前後に起こる猟奇的な殺人事件を調べていくと、
いつしか叶鉄斎というひとりの学者に繋がった。
お菊を殺したのはこの男ではないかと銀次は目星をつけるが、
鉄斎はなかなか尻尾を出さない。
そんなとき、毒を使った押し込み強盗の未遂事件が起こる。
狙われた酒屋の内儀は、
昔吉原にいた番頭新造の雛鶴で、銀次の元恋人だった。

お菊殺しの犯人との駆け引き、
銀次の実家「坂本屋」も狙われる毒を使った押し込み強盗事件。
この二つの事件を主軸に物語は展開します。
でもある時点まで読み進むと、事件の内容はだいたい見えてきますので、
捕物帖として本格的な謎解きを期待するとちょっとがっかりします(笑)
岡っ引きとしての銀次の活躍はあまりなく、
それよりも人情捕物帖として読むほうがずっとわかりやすくていい。
この小説の読みどころは銀次という人間の魅力、
そして銀次を取り囲む人々でしょう。
銀次はもとは遊び人の若旦那。
わがままなところも抜けきってないのがご愛嬌(笑)
ですが、でもそういう銀次が仏に当たっては、
自分では制御しがたく泣きじゃくる(笑)
妹を失ったときの慟哭が脳裏を離れないんですね。
どんな命であれ、それを愛しみ、涙を流す。
こういう銀次の個性は、
今までに歴代の捕物帖の岡っ引きには無かった要素。
意表をついたキャラクターと言えそうです。
物語の大筋は捕物というより、
銀次と銀次に捕物のイロハを教えた老岡っ引きの弥助の娘、
お芳との恋物語が主といっていいように思います。
お芳は大の岡っ引き嫌い。
母親の臨終に弥助が来なかったことで、
弥助を恨み、岡っ引きという存在を嫌っています。
これはまあ、刑事ドラマなんかでよくあるパターン(笑)
でもこれが舞台が江戸時代となると、
なぜかこの手垢のつきまくった設定が、
妙に新鮮に見えるから不思議です。
岡っ引き嫌いの岡っ引きの娘と、
もと大店の若旦那出身の岡っ引き(笑)
じつにユニークな取り合わせです。
そういうお芳と銀次が、お互いの存在が次第に大きくなり、
そしてかけがえの無い存在だと、気づいていく。
その過程の言葉のやり取り、仕草がとても沁みて来ます。

ちなみにこの泣く岡っ引きという設定は、
話題になったアメリカのTVドラマ「ツインピークス」がルーツだそうです。
昨今は海外TVドラマが大流行ですが、
「ツインピークス」はその草分け的存在でした。
「世界で最も美しい死体」というキャッチフレーズで、
クセ者監督のデヴィッド・リンチが作ったやつです。
監督自身も出演してましたね(笑)
この「ツインピークス」に登場する、
気が弱く、凄惨な場面に遭遇すると、
思わず泣き出してしまうアンディ保安官補がヒントだとのこと。
そういえば死体写真を撮りながら、
保安官補が泣き出してしまうとこがあったような……
あんまりよく覚えてませんが(笑)
泣き銀のルーツは意外なところにありました(笑)
続編も出ていますが、銀次の10年後だとのこと。
お芳との間に生まれた子供たちもたくさんいて賑やか。
子供が登場すれば、宇江佐真理の独壇場ですからね。
とても楽しみです。
不惑の銀次。
さてどんな風になっているのやら(笑)

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2009-02-19(Thu) 11:01| 宇江佐真理の世界| トラックバック 0| コメント 4

士魂、商才にあらねども-乙川優三郎「霧の橋」

「霧の橋」


(講談社文庫)


乙川優三郎の1997年のデビュー作です。
第七回時代小説大賞を受賞した長編。
事実上この小説が乙川優三郎のその後を決定づけたといっていいでしょう。
丁寧かつしなやかな描写と、エピローグから終章までの物語の構造。
どれをとってもじつに清新、かつ重厚なデビュー作です。
今までずっと乙川優三郎を読んできて、
やっとデビュー作にたどりついたのですが、
現在から見るとデビュー作ですから、だいぶ綻びも見えそうなはずなんです。
でも緊迫感のある筆運びに一気に読まさせられ、
ことに鮮やかなラストで涙ぐんでしまうと、
少々の瑕瑾は、まあいいか、
こんなに泣かせるんだからと思ってしまったのでした(笑)
乙川優三郎の小説は暗く重い。
だからこそ結末にはきっと一条の優しく明るい光が差してくる。
そういう方程式はやはりデビュー作からあったんですね。
しかしラストに決まって心むせる感動を用意するというのは、
生半可な技量ではありません。
この小説、経済小説であり、士道小説であり、夫婦愛の小説でもある。
まことに欲張りな、そしてそれを苦もなく実現した小説だといえそうです。

浅草田原町に店を構える紅屋惣兵衛は、
もとは江坂与惣次という名前で元一関藩の武士であった。
十六年前に父を殺され、足の悪い兄に代わって仇討ちの旅に出た。
10年の間仇を求めてさまよい、
辛苦の末、やっと仇を討ち取って帰参すれば、
兄は公金横領の罪で切腹した後だった。
与惣次もすぐさま領外追放となった。
江戸に来た与惣次は、
乱暴されそうになっていた浅草の紅屋のひとり娘おいとを助ける。
紅屋の主人である清右衛門は与惣次をすっかり気に入り、
婿養子にと請うた。
食い詰めていた与惣次は考えたあげくに武士を捨て、
おいとと夫婦になって店を継ぐ。
清右衛門の死後、小商いだが順調に来ていた紅屋。
しかしそこに日本橋の勝田屋から、
紅を一手に卸さないかという話が舞い込む。
その話の裏に大店の陰謀を嗅ぎとった惣兵衛は……

この小説の驚くところは第1章が与惣次の父、
江坂惣兵衛が知友林房之助の手にかかり、殺される顛末について、
まるで独立した一遍の短編のごとく書かれていることです。
導入部としては破格の力編です。
非常に良く出来ていて、これだけでも十分に小説として成立すると思います。
もしかしたら、これだけの長編に膨らむ前の、
タネのような小説だったのではないでしょうか。
まずこの顛末が最初に小説として書かれた。
それを発酵させ、後ろに繋がる紅屋惣兵衛の話を書き継いだ。
そんな感じもします。
それゆえか、
この父惣兵衛の死の顛末は小説全体の大きな伏線になっていて、
父の死の顛末を受容するか、しないか、
与惣次が紅屋惣兵衛として、真実武士を捨て、
果たして商人として生きていけるか、
自身に問う試金石のような役目を果たしています。
つまりこのことがなければ、仇討ちに出ることもなく、
兄もまた公金横領などということにはならなかった。
江坂家の、そして与惣次の人生の歯車が狂いはじめた大きなきっかけ。
またおいとと夫婦になり、紅屋を継いだことも、
惣兵衛の人生、その波乱の出発点はすべてここにあります。
人の人生とは不思議なものです。
そのときその場で最善の選択をしながら生きている。
そうは思っていても、気がつくと思いもかけない場所に出ている。
果てしもなく遠くに来た、という感慨があるかも知れません。
来たかったのはこんな場所ではない、そう思うかも知れません。
紅屋惣兵衛は来たかった道ではなかったが、
大店の陰謀に対して、妻のおいとと、
そして惣兵衛を助けて懸命に働く店の者たち、
今ある平和でつましい日常を懸命に守ろうとします。
これはとても良くわかります。
なんか大きな会社に食い潰されそうになって、
懸命に守り抜こうとしている中小企業。
そんなイメージが重なります。
そして妻のおいと。
武士であったがゆえの思慮や所作、
そして刀を持つ武士という根源的な冷酷さ、
ともすればそんなものを見せがちな惣兵衛との心の隔たりに、
おいとは悩みます。
そして惣兵衛も。
心底かけがえのない人だと感じつつ、すれ違っていくふたりの心の動きを、
この小説はとても巧みに描いています。

父の死の部分は士道小説、大店との死闘は経済小説。
そして妻のおいととの部分が夫婦愛。
この3つが絡み、まるで入れ子構造のような小説になっていて、
でも決して複雑ではない。
そのどれもがこの小説になくてはならない要素になっています。
良く出来た小説です。
最後の霧の橋で、果たし討ちに行き、何もかも受け入れ、そして許し、
橋から引き返す惣兵衛の前に、
霧の中から浮かび上がってくる女の姿が見えます。
隠してあった刀を持ち、意を決して朝早くから出掛けた惣兵衛を心配し、
追いかけてきた、寝間着姿で裸足のおいとでした。
この場面はずっと感情移入してきた読者にとっては、
不意打ちのような、
それでいて温かい涙を誘います。
士魂も商才もただ己が身一つ。
そのふたつがおだやかに融和してこそ、
惣兵衛の真実の生が始まるのでしょうね、きっと。

余談ですがこの小説、なんとなく藤沢周平の「海鳴り」を思い起こしました。
個人的にはとても好きな小説です。
内容は違いますが同じ商人の物語。
読み比べてみるのもいいかも知れません。

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2009-02-12(Thu) 00:34| 乙川優三郎の世界| トラックバック 0| コメント 1

浪人という人生-藤沢周平「竹光始末」

「竹光始末」
藤沢周平「竹光始末」
(新潮文庫)


さて今回は「竹光始末」です。
映画「たそがれ清兵衛」の原作のひとつ
「竹光始末」が収められている短編集です。
「竹光始末」が使われているのは、映画のラスト近く、
清兵衛が上意討ちに行くクライマックスの部分です。
田中泯が鬼気迫る怪演を見せた余呉善右衛門はこの短編に登場します。
豹変一発、あの「せいべぇーっ」が怖かったですね(笑)
この作品集は藤沢周平が「暗殺の年輪」で直木賞を受賞した後、
勤務していた会社を辞めてからの2年間に書かれた作品が集められています。
筆一本の生活に入った直後ですから、売れる面白い小説を書くために、
初期作風からの脱皮が試みられている作品群、ということが言えそうです。
藤沢周平の初期作風はストーリーは暗く重く、結末もたいていが悲劇(笑)
自分自身でもこれを負のロマンと呼ぶくらいでした。
幅広い読者層からはとうてい受容されそうにない。
そこで作風を少しずつ変えていったのではないか。
短編なんかにも見て取れるように、ストーリーテリングとしては言うことなし。
日本人の深奥に訴えかける見事な情景描写。
そしてそこから生まれる上質の叙情性。
それらのうえに、
今度はそこはかとないユーモアをちりばめていくことを始めていった。
人物造形の点でもユーモラスなキャラを創造していく。
そういう変化の時期だろうと思います。
この直後に名作「用心棒日月抄」が書かれ始めるんですが、
あの作品、全編どことなくユーモラスです。
この作品集には「用心棒日月抄」の原型のイメージが、
そこかしこに潜んでいる感じがします。

「竹光始末」

ある日、海坂の城に柘植八郎左衛門を尋ねて、
みすぼらしい風体をした浪人一家が現れた。
浪人は小黒丹十郎と名乗った。
門番が柘植は城で物頭を勤めていると告げると、小躍りする一家。
聞けば新規召し抱えのためにやって来たと言う。
門番は訝しげに場内にある柘植の役宅を教える。
柘植の家に来た浪人一家。
海坂藩で新規召し抱えがあると聞き、
周旋状を持って柘植八郎左衛門殿を尋ねてきたと口上する小黒。
応対に出た柘植の妻は柘植の留守を告げた。
小黒の顔はそれを聞いたとたん、泣きそうに歪む。
素性卑しからぬ小黒と、後ろに控える美しい年若き妻。
そして粗末な衣服を着ても恥じる様子のない、
利発そうなまだ幼い姉妹を見て同情が湧く。
柘植の妻は主にはきっと伝えるので、
それまで城下の宿で待っていてほしいと言い、
少しの古着と、一家の風体を怪しんでいざこざが起こらぬよう、
門番への書き付けを渡した。
柘植八郎左衛門は家に帰ってくると、
妻から小黒一家の来訪を告げられるが、
新規召し抱えのことを聞いて驚き、そして渋い顔をする。
海坂藩の新規召し抱えは、一ヶ月も前に終わっていたのだった。

長い浪人生活の苦節を生き延び、
やっと仕官が叶うと勇んでやってきたが、
締切はとっくに過ぎていた(笑)
遅れてきた浪人一家(笑)
あまりの間の悪さ。もうこれだけでかなり切ない。
家族を飢えさせないために頑張り続け、
そしてどんなときにも武士としての矜恃を忘れない男と、
その彼に全幅の信頼を置いている家族。
そのつながりの暖かさと、家族の切なさが伝わってくる作品です。
丹十郎と家族が海坂の城を訪ねてきて、
城の門番から柘植八郎左衛門が物頭だと聞かされると、
小黒丹十郎が家族に向かって
「聞いたか、物頭をなさっておられる」と言うと、
若い妻と子供たちが手を握りあい、子供たちは足を弾ませる。
自分たちが頼りにしようとしている人間が、
地位の高い人間であることを喜ぶ小黒の気持ちを、
我がことのように喜ぶ幼い子供たち。
こういう姿を描くことで、
何でもない情景がすごく奥行きのあるものに感じられます。
浪々の長い旅路。どんな思いでここにたどり着いたか、
この家族の切なさが見事に見え隠れする場面です。
本当にうまいですね。こういうとこ(笑)

「遠方より来たる」

三崎甚平は海坂藩の足軽だった。
もとは六十石取りの侍だったが、
浪人の末、身分を落として海坂藩に足軽として仕官した。
妻子も出来て、城の門番として貧しいが平穏な日々を送っていた。
その甚平の足軽長屋に、ある日曽我平九郎なる人物が訪ねてくる。
豪放に再会を喜ぶ平九郎。
ひげ面の大男で、みれば垢じみた浪人の姿。
たが平九郎の顔に覚えの無かった甚平はとまどう。
そして記憶を呼び起こし、やっと思い出す。
大坂冬の陣で、たった一度出会った人物だった。
曽我平九郎は百石取りの侍だった。
足軽でも構わないから仕官を世話してくれと、
甚平に頼み、平九郎はその日から狭い足軽長屋に居候を始める。
だが大飯食らいで、遠慮のない平九郎に、
甚平の女房好江はだんだんと不満を募らせ始める。
平九郎の無遠慮と好江の不満に挟まれながら、
平九郎のために奔走する甚平だったが……

この作品の魅力は、なんといっても曽我平九郎という男のダメぶりと、
その平九郎に振り回されて右往左往する甚平と、
勝ち気に家を切り盛りする甚平の女房の好江とのやりとり、
その妙にあります(笑)
平九郎は豪放磊落、腕っ節もかなりありそうに見せて、
じつは虫も殺せぬ大変な臆病者。
ハリボテの虎もいいとこ、みたいな男です(笑)
でも最後は人としての筋はきっちり通す、
という愛すべき人物として描かれます。
この平九郎は後の「用心棒日月抄」で主人公の相棒、
ひげ面の大男で、子だくさんの浪人細谷源太夫にとても似ています。
おそらくモデルではないかと思うのですが、どうでしょう。
ま、細谷源太夫のほうは、
ハリボテの虎というわけではありませんが(笑)

「竹光始末」や「遠方より来たる」は似たような世界として、
山本周五郎の「雨あがる」なんかを連想する方がいるかも知れません。
剣術の達人ながら、あまりの人の好さが災いして、
長く浪々の身をかこつ三沢伊兵衛。
そしてそんな伊兵衛を明るく支える妻のたよ。
ことに「竹光始末」はなんとなく世界が似ています。
どちらも仕官を成し遂げたい男と、それを支える家族の物語。
較べて読んでみるのも面白いかもしれません。
昨今の大不況は多くの失業者を増やし続けていますが、
江戸時代の初期も大名の改易や移封の連発で、大量の浪人が溢れ出て、
主家を求めて全国をさまよったといいます。
原因は違うにしてもリストラを余儀なくされ、
働き先を求める現代の勤め人と、なんら変わることはありません。
「竹光始末」や「雨あがる」を読んでいると、
いつの時代でも、浪人であれリストラ労働者であれ、
次なる希望を支えるのは家族だという気がしてなりません。

そのほかの収録作品

「恐妻の剣」
「石を抱く」
「冬の終わりに」
「乱心」

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2009-02-07(Sat) 19:35| 藤沢周平の世界| トラックバック 0| コメント 0

マイホーム・サムライの憂鬱-佐藤雅美「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」

「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」

佐藤雅美「物書同心居眠り紋蔵-隼小僧異聞」
(講談社文庫)


物書同心居眠り紋蔵の第二弾です。
第一弾からの話の流れは続いており、
時間の経過とともに以前の事件がうまく組み込まれています。
窓際同心の紋蔵さんは相変わらずで、
奉行所でも暇を持て余している人物だと見られているらしく、
次から次へと変な事件が持ち込まれます(笑)
その変な事件を、颯爽と解決する、ではなくて(笑)
コツコツと心当たりを尋ねて回り、
ああでもない、こうでもないとひねくり回し、
いざ見当をつけても深くは踏み入らない。
どうにも頼りない風なのですが、今回の紋蔵さんはツキにツイているらしく、
思わぬところで手柄を立てたり、大金が転がり込んできたりします。
そのことで胃が痛くなるような思いもするのですが、
おおむね平穏無事に結末を迎える。
その結末も、いつものように黒白つけません。
グレーっていえばグレーですが、これがいい(笑)
温情溢るる紋蔵さんの解決の仕方は、彼の深い人間性を示唆してます。
解説の誰かが書いてましたが、このシリーズを指して
「ホームドラマ的時代劇」だとか。言いえて妙ですね。
家族だの友人だのの、あれやこれや。
それに同僚や上役が持ち込む様々なこと。
それらに紋蔵さんは出過ぎず、さりとて引っ込み過ぎず、
いい具合の歩幅で事にあたります。
マイホームパパの紋蔵さん。
今回は子沢山の家族にも大きな変化が起こり、ちょっと寂しい思いもします。

「落ちた玉いくつウ」

大店の油屋が火事で焼け主人夫婦や奉公人全員が焼死し、
十四になるひとり娘の喜代だけが生き残った。
娘は家の隠し穴蔵には百五十両の金が隠されていると母から聞かされていた。
喜代は焼け跡を調べたが探し出せなかった。
借金のあった油屋の地所は、札差の伊勢屋に家質として差し押さえられる。
伊勢屋は穴蔵の金のことを知ってか知らずか、地所を塀で囲ってしまった。
そしてすぐさまに売ってしまう。
焼け跡には新しい店が建ち、もう調べることは出来なくなった。
ある事件の関わりでそのことを知った紋蔵は、
飲み屋の下働きとして働き出した少女にそれとなく会いに行くのだが…

新しく建った店が放火され、少女が犯人として捕らえられるのですが、
敢然と黙秘を続け、やがて自害してしまいます。
本当に隠し穴蔵に金はあったのかどうか。
あったのなら、それを誰が盗ったのか。
果たして放火の犯人は少女であったのかどうか。
なんら解決しないまま、死んだ少女の墓の前で手を合わせる紋蔵さん。
江戸時代には放火は重罪で、ボヤでも火あぶりの刑になりました。
八百屋お七は有名ですね。彼女はそのとき十六歳になったばかり。
当時は十五歳以下は罪一等が減じられたので、
裁きの場で町奉行の甲斐庄正親はお七を哀れみ、
「お七、お前の歳は十五であろう」と謎をかける。
でもお七は自分は十六だといって譲らなかったといいます。
それで火あぶりになった。
お七が十五だといえば流罪ぐらいになったでしょう。
でも少女が八丈島へ流罪になるのは本当に過酷です。
死ぬよりはるかに辛い。
十四のお喜代もそのことを知っていたのかも知れませんね。
結局は何も語らなかった少女の心に寄り添うように、
心優しい紋蔵さんは墓前に手を合わせます。

「紋蔵の初手柄」

ある日紋蔵は奉行に呼ばれ、とうてい信じられないことを聞く。
それは入牢の証文もない男が長年牢屋に居るということだった。
そしてその男は記憶を失っているという。
名無しの権兵衛と呼ばれていた。
なぜその男が牢に居るのか、男は果たして罪を犯しているのか、
そして男はいったい誰なのか。
紋蔵は男の身元を密かに探るよう命じられる。
しかしまるで雲を掴むような話である。
定回り同心への昇進をほのめかされた紋蔵は、
しぶしぶ承知し、男の身元を探り出そうとするのだが……

面白い話ですよね(笑)
どこの誰だかわからない男が牢屋に紛れ込んで囚われている。
それも何年も(笑)
すっとぼけた話だけど、こういう話が紋蔵には良く似合います。
この事件を調べていくうちに、ひとりの失踪人に行き当たり、
その失踪人を殺した疑いのある大泥棒の男と情婦を捕まえ、
紋蔵は思わぬ大手柄を立てます。
結局権兵衛の身元は分からずじまいでしたが、
殺されたはずの失踪人がじつは権兵衛で、
泥棒だった可能性が高いと紋蔵は目星をつけます。
しかし記憶の何もかも失い、牢屋でおとなしく暮らしている権兵衛。
それ以上の追求は詮方ない。
権兵衛の処置に困った奉行所は牢から出そうとしますが、
本人は出たがらない。
仕方なく牢奉行の役宅で働かせることに。
それを聞き、わざわざ恐れながらと訴え出て、あえて罪人を作ることはない。
ま、いいかと思ってしまう紋蔵さんでした(笑)

このほかにも紋蔵が間男に間違われる(笑)
「沢瀉文様べっ甲蒔絵櫛」
娘の手習いの師匠のために金を握らせて、
やりもしない盗みを盗賊に自白してもらう表題の「隼小僧異聞」
いいのか、おいっという感じです(笑)
そして島帰りの男と大身の旗本のお坊ちゃまの意外な繋がりと、
紋蔵の粋な見てみぬふりが泣かせる「島帰り」など、
それぞれに楽しく読ませます。
居眠り紋蔵シリーズの良さは、やはり家族が絡んでくるところですね。
いろいろ気苦労もあるけど、家族のためだったらなんにも厭わない紋蔵。
武家の封建的な家長制度と、
家族思いのマイホーム・パパぶりが不思議にマッチしてます。
ところで今回は長女の稲が、
両想いだった蜂屋家の次男鉄哉とめでたく祝言を上げ、
家を出ていきます。
そして長男の紋太郎も、見込まれて北町の与力の家に養子にいく事に。
家族大事のマイホーム・サムライにとって、
家族の数が減るというのは、どうにも隙間風の吹くことのようです。
そのあたりの紋蔵さんの姿と、軟着陸の結末が相まって、
噛めば噛むほど味の出る、
ほんにスルメのようなシリーズですね。これは(笑)

そのほかの収録作品

「沢瀉文様べっ甲蒔絵櫛」
「罪作り」
「積善の家」
「隼小僧異聞」
「島帰り」
「女心と秋の空」

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2009-01-27(Tue) 22:08| 読み捨て御免!| トラックバック 0| コメント 4

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